HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』210

●マッドサイエンティスト日記(2001年9月前半)


主な事件
 ・ハードディスク崩壊……(4〜7日)
 ・世界貿易センタービル崩壊!(11日)

2001年

9月1日(土)
 夜中に滝川雅弘さんからFAXを貰う。JR野田の「明け方飲み処」情報である。
 いつもより1時間早起き、自転車で、午前2時50分に「穴蔵」を出て、ほぼノンストップ、JR野田のガード下「さぬきや」まで20分であった。
 休日前夜の続きということか、ほぼ満員の盛況である。柄の悪い人種が多いが……。
 午前4時帰宅、朝刊を読んでから、5時にテレビニュースを見ると、歌舞伎町で深夜に火事があり、40人以上が死んでいるではないか。一杯飲んでいた頃に燃えていたのだ。閉所恐怖症の傾向があるぼくにとっては、潜水艦の沈没とともに、いちばん恐ろしい死に方だ。

9月2日(日)
 本日も終日歌舞伎町の中継。
 ……しかし、あの「セクハラクリニック」という看板は目立つなあ。

9月3日(月)
 なにもしない日であった。
 朝型生活を夜型に切り替えようと、この間から色々と試みているのだが、どうにもうまく行かない。
 現状:午前4時起床→午後10時就眠
 目標:午前6時就眠→午後1時起床
 昨日も、禁酒の上、無理に徹夜してみたが、昼寝できるわけでもない。終日ボケ頭で過ごすだけである。
 2週間ほど海外生活して、時差をそのまま日本へ持ち帰ればいいのかなと、世界地図を広げて検討してみる。
 結論は、
 1 中央アジアへ行く。
 2 ここで朝8時起床、終日労働して、夜中に寝るというパターンを作る。
 3 そのまま帰国して時差を崩さない。
 という方法しかなさそうである。
 ということは、ウズベキスタンでタイムマシンの調整をやるのがいちばんいいわけか。
 タイムマシン製造者が時差に苦しめられるのはおかしいが。
 一般に健康生活といわれる「早寝早起き」をやめるというのは苦しいものだ。
 小松さんに禁煙しろというようなものであろうか。

9月4日(火)
 パソコンがおかしくなった。明らかにハードディスクの不調、ソフト上のトラブルとしか思えない。色々いじっているうちに、ウィンドウズも起動しなくなる。
 旧台のハードディスクを接続して、そちらから起動、データだけでも移そうと試みるが、どうやらあきらめる他ないようである。
 念のためハードディスクの復元について某所に問い合わせ。診断だけで2、3万、復元は高性能パソコン数台分の価格というから、あっさり断念。
 原稿1日分、デジカメ写真1月分、その他雑原稿が消えるがしかたあるまい。
 夕方にリカバリーCDで、再インストールを開始、だいたいの環境復旧に深夜までかかる。

9月5日(水)
 深夜に寝たのに4時に目が覚める。
 どうもメールソフトの動作がおかしい。
 受信はできるが、送信した数通が届いていない気配。
 FTPの接続もうまくいかない。
 こんな時に限って、ややこしい電話が重なる。
 親戚関係でちょっとヤバイとかタイムマシンのトラブルとか。嗚呼……。
 午後になんとかFTPがつながる。ホームページの全データを引き落とす。
 電話代のかかることであるなあ……。

9月6日(木)
 また4時に目が覚める。睡眠2時間。
 頭ボケたまま。
 無理して午前8時頃に眠りかけたら9時に電話で起こされる。
 集合住宅に防犯カメラ取付工事の日であったのだ。しかも水槽清掃工事が重なる。……防犯カメラの工事でエレベーターが意外に長時間止まることが判明、あわてて各戸に電話連絡と掲示ポスターを製作。ややこしいことである。
 その間に短い原稿を書いてFAX。
 メールソフト、やっぱりおかしい。
 夕刻、防犯カメラ位置と視界の判定。げ、エレベーター内のカメラだと、アタマの頂点をいちばん嫌な角度からモロに写されるではないか。
 録画画像のパソコンへの取り込みも検討したいが、パソコン、まだ不調である。
 夕方、かんべむさし来穴蔵。1時間ほど雑談。

9月7日(金)
 やっぱり4時起床。ボケ頭で色々メールのテスト。やはりネスケでは送信されていないことが判明。
 10時になるのを待って、雨の中を歩いて紀伊国屋へ。マニュアル立ち読みである。結局、何となく気が進まないが、OUTLOOK EXPRESS に切り替えることにする。
 1時間ちょっとでメールの設定変更、メール引き落とし、アドレス帳整備など。
 メール送ってみると、大丈夫みたいである。
 ただ、何度かメールをやりとりしただけでアドレス帳に移していなかった相当数の方のIDが不明になってしまった。
 雨降り続く。September in the rain……9月の雨の中で聞いた愛の言葉を春になった今も忘れられない……つうことは、これは春の曲なんかしらん。

9月8日(土)
 今頃だが、土屋嘉男「クロサワさーん!」(新潮社)を読む。堀川弘通氏が書いた「評伝・黒沢明」の前座のつもりで読んだのだが、こんなインテリで名文家だとは思わなかった。むろん「七人の侍」撮影現場の話がいちばん面白い。
 しかし、なんといっても「ガス人間第一号」の印象が強烈だったなあ……。
 夜、ハチに電話。珍しくハチママがいる。クラの鈴木孝紀さんが演奏するというので、自転車でハチへ。
 数曲聴いたあと、鈴木さんがラスカルズも聴いてみたいというので、いっしょにサントリー5へ。
 東京から若手のバンド「ハイタイムローラーズ」が来ていて、数曲演奏。。タイロン安在と河合さんの2クラもあり、「親子ほどの年齢」というが、とてもそうは見えない。……デジカメ写真を撮ったのだが、ソフト再インストールのどさくさで消滅してしまった……。「タイロン」より「タイソン」が似合う、恐ろしい風貌である。音色は柔和で、その落差が面白い。
 ODJCの口羽さんから、明日も内輪のコンサートがあると教えてもらい、潜り込ませてもらうことにする。
 23時過ぎに自転車で帰宅……の途中、梅田センタービル前の路上定位置に、ルン吉くん、寝ている。もうすっかりここに定住してしまったみたいだ。

9月9日(日)
 昼過ぎに心斎橋のマホガニーホールへ。ここは河合良一氏の個人ホールである。
 ODJC会員のコンサートで、出演者を含めて3〜40人?
 東京から来たハイタイムローラーズに、ラスカルズとレッドビーンズのピックアップメンバー、それに関西若手のミッチとバーベキュー・シンガーズ。ほとんど最前列で聴くが、若手トランペットが元気がよく、かなり疲れる。
 バーベキュー・シンガーズはトランペットとヴォーカルのミッチが恐ろしく元気がいい。これに刺激されて、ハイタイムローラーズも「大阪はトラディショナルな演奏が主流と思ってましたが……」と、最近のニューオリンズR&Bを取り入れた演奏も披露。ニューオリンズジャズの世界も確実に若い世代が台頭している気配で楽しい。
 東京のニューオリンズジャズ・グループで組織された「ニューオリンズジャズソサイエティ」の会報を貰う。会長はなんとラスカルズのウォッシュボードだった小林順さんである。20年以上前に東京へ転勤されたのだが、活躍されているのだなあ。
 ホームページも開設されている。ようこそニューオリンズジャズソサイエティのオフィシャルページへ帰宅後さっそく挨拶メール。東京の本拠地はおなじみ浅草HUBである。
 帰宅すると実家方面から訃報、またも台風が接近中というのにややこしいことである。

9月10日(月)
 雨の日に限って外出しなければならぬ用事が重なる。
 またも午前4時起床のボケ頭のまま雨中行軍。
 昼前に帰宅すると、実家方面からFAX。斎場の地図である。今夜が通夜、明日が葬儀。本日中に移動しておくことにする。
 午後、実家方面へ。
 ……ちょっと寄ったら……
 差し障りあるから、どんな関係のどんな縁続きかは書かないが、世話に行っていた「某」さんが、早くも疲れ果てた表情で、周囲を警戒しつつこういう。
『91歳ですから大往生なんですよ。ただ、3男6女の長女だったんです。ですからその妹が5人が残っていて、上が80なんぼから下は75歳まで。これがそう広くもないマンションの一室にずぅーーーーーっと揃って「待機」していて、あれやこれやあれやこれやあれやこれやあれやこれやと、式次第から焼香順、着物から飾り付けまで体は動かさずに口出しの連続、しゃべりどうし、電話のかけまくり、お茶と食事のし続けで、もうノイローゼ寸前……』
 ということらしい。たいへんであるなあ。めったにない姉妹の茶飲み会なんだろうし。もっと大変なのは、徐々に減っていく予定とはいえ、2〜3年に1回、まだとうぶんこんなことが繰り返されるということである。
 田舎の葬式はこれだから嫌だ。
 もと女性というのは、こうなるとこわいものなしだからなあ。
 実家泊。老母が話を聞いて、私の時は簡素になどといい出す。縁起でもない。

9月11日(火)
 葬儀のあと、そそくさと帰阪。「5人組」にとっつかまっては堪らんからなあ。
 ああしんど。
 アタマはボケたまま。ビールを飲んでもう体質改善はあきらめ、定刻午後10時に寝ようかと、ちょっとニュースを見たら、世界貿易センタービルに飛行機が激突したという中継を始める。なぬ?! と、その中継画像の中で2機目突入の瞬間を見る! アナウンサーも何が起こったのかわからない印象である。「あのう、今また飛行機がぶつかったんじゃないですか」みたいなことをいっている。
 驚愕の映像である。
 1時間ほどのうちにビル崩壊……こんな風に崩壊するとは……引き続き、ペンタゴンに飛行機突入にニュース。さらに数機が続いているという憶測も流れる。
 結局朝までほとんど眠れず。

9月12日(水)
 朝6時半までテレビを見続け、朝刊一読後、相棒とクルマで名古屋方面へ。
 ドライバーくんもほとんど寝ていないという。危ないなあ。
 まわりのトラックも睡眠不足ばっかりに思えてくる。
 行った先の担当者も睡眠不足。
 まあしかし、なんとか無事に夕刻帰宅。
 この非常時に、夜、気楽に集合住宅の理事会。
 あと、また深夜までテレビ。

9月13日(木)
 あるコラムを書く必要あり、「同時多発テロ」を取り上げるかどうか迷う。不謹慎かもしれず掲載時の情勢もわからないところがある。結局2案作ってFAX。ギリギリのところでお任せすることにする。
 某紙の紙面……先月ワシントンに転勤したばかりのK氏の署名原稿が目に留まる。まだ慣れない環境だろうが、活躍されているのだ。
 防犯カメラを設置したのにピンクチラシのメールボックスへの投入が止まないと管理人。録画画像を調べる。おお、朝4時半に手際よく配布しとる。
 防犯カメラ設置と目立つ表示をしていないから抑止効果がないのだろう。
 off
 この男、約2分で91枚を配布した。
 ビデオからパソコンに取り込んで画像処理したいが、まだビデオ画像を扱ったことがないので、デジカメで画面を撮り、警告のポスターを作る。面倒なことである。

9月14日(金)
 徹夜でテレビが続いたのに、やっぱり午前4時起床。病気だな、こりゃ。
 朝から播州龍野へ移動。タイムマシンの組立。……本当にこれでウズベキスタン行きになるのだろうか。関空からタシュケントへの直行便が開設されているのだが、何しろアフガニスタンとは陸続きである。パキスタンがアメリカの飛行を拒否したら、北側から攻めるということにならないのだろうか。……予定がずれ込むかもしれんなあ。
 実家泊。

9月15日(土)
 タイムマシンの組立。
 テレビニュース、同じような内容を繰り返しているようだが、いつの間にかアフガニスタン攻撃が既定路線になってしまっている。
 わがタイムマシン、テロ兵器と誤解されたらどうしよう。
 これはオモチャだかかね、エシュロンくん。
 昼過ぎで作業中止、実家で本やLPを整理していたら、なんと右近雅夫が20年ほど前に、デキシーランドジャズ・フェスティバルのためにブラジルから帰国した時の録音盤が出てきた。ちゃんと買っていた自分を誉めてやりたい。
 相倉久人とか山田風太郎とか、再読したい本がゾロゾロ出てくる。
 もう一日滞在するか迷うが、大阪にも雑件あり、数冊を鞄に詰めて夕方帰阪。

 ※前に右近雅夫のCDについてお問い合わせいただいた某さん、IDが消えてしまいました。ここをご覧になったらメールください。


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