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1月29日(水) 穴蔵
 薄曇り、暖かい日である。
 本日も穴蔵にこもって過ごす……つもりだったが、クリックポストの発送あり、マスクして公園南のポストまで。
 ついでにジュンクドー往復。
 近所、中国人うようよあるよ。
 T横インが2つあり、他にも急造ホテルやら民泊もあるから、致し方なし。
 一応マスクはしているが、大声でケンカしているような口調で会話している。仲はいいんだろうけど。
 マスクしてないと、唾液の飛散がすごいだろうな。
 そのご一行、茶屋町近くの回転寿司店へぞろぞろ入っていく。
 唾液トッピングの寿司がうまそうだなあ。
 わしゃ一生行かないけどね。

1月28日(火) 穴蔵
 晴れて暖かい日である。
 用事なきにしもあらずだが、梅田はまだ中国人うろうろだろうし、コロナウィルスに感染して自覚症状のないポンジンもうようよだろうから、穴蔵で過ごすことにする。
 マジメに仕事……のつもりだが、今ひとつ気合いが入らず。
 昼は、専属料理人が若ごぼうの掻き揚げを作った。これで天ざる。
  *
 せっかくなので熱燗、ちょいと一杯。うまっ。
 午後は昼寝。
 出歩かず、人と接触せず、感染せず、結果として他人に迷惑かけず。
 当分こんな生活をつづけることにしよう。

1月27日(月) 大阪←→播州龍野
 未明だ。雨が降っている。浅田飴にはまだ少し時間がある。
 早朝の電車で播州龍野へ移動する。
 年度初めの雑事色々。
 こちら(ど田舎)は老人が増えて、メールとネット振込で済む用事が、すべてメモの投函と現金手渡しだから、交通費だけでも相当な負担になる(交通費の方が高くついたり)。
 幸い、葬式だけは、わが家が第1号としたやった「家族葬」がご近所の定番(密葬含む)となったようで、ありがたいというか。
 食料不足の戦後ではあるまいし、誰も「隣保」総出の葬式宴会なんて、面白くもなかったはずである。
 何事も、誰かひとりが強引に進めないと、状況はまるで変わらないようである。
 午後、姫路に出て、こちらでもちょっと雑事。
 風雨が強くなった。
 姫路城、本日は中国人少ないあるよ。
 夕刻帰館。

1月26日(日) 穴蔵
 天気予報はまるで当たらず。薄曇…ほとんど晴である。
 梅雨空はどこへ行った。
 習近平ちゃんが稀に見る大英断。武漢を封鎖し、中国からの海外ツアーを禁止した。
 遅い気がするが、やらないに越したことはない。
 ……と思ったら、これは「隠し通せるレベルでない」ことがやっとわかっての処置らしい。手遅れ。
 梅田は(マスクしてデパ地下へ行った専属料理人のいうに)中国人うじゃうじゃという。
 終日穴蔵にて過ごす。

1月25日(土) ラスカルズ@ニューサン
 天気予報はまるで当たらず。「梅雨入り宣言」まがいは何だったのか。本日も晴天。
 大阪には中国からコロナウィルス感染者が押し寄せているので、外出はせず、穴蔵にて過ごす。
 夕刻、マスク着用して梅田へ。
 墓参のため播州龍野を往復してきた兄と合流。西宮から妹も来る。
 久しぶりに兄妹そろってニューサントリー5へ。
 ニューオリンズ・ラルカルズの出演日。
 本日がやっとまともなジャズ初めである。
  *
 3ステージを聴く。
 ありがたいことに、ニューオリンズ・ジャズを聴く中国人はいない。
 ステージの合間に播州龍野の事情や、(唯一の孫がいる)香港事情や、虚言癖のある迷惑女のことや、あれやこれやしゃべっていたら、あっという間に22時半である。
 次は3年後か。おれは欠席になる可能性が高いなあ。
 いや、河合さん、福田さんがお元気なうちは、聴き続けねば。

1月24日(金) 某宴会
 某行の口座からネット振込しようとしたら、ワンタイムパスワードカードが表示しない。電池切れらしい。
 しかたなく梅田の窓口まで出向く。
 電池交換ではなく、カードそのものを交換、手続きに1週間ほどかかるらしい。使い出して3年ほどか。5年は経っていないと思う。
 案外不便なものであるなあ。
 一応手続きするが、これからは口座を減らしていく方が賢明なようだ。
 夕刻。専属料理人と茶屋町の某割烹へ出かける。
 甥の某くん(なんて呼んではいかんか、今は大学教授)の招待である。
 ずっと前(大学院時代?)に奨学金の保証人になっていたとかで、めでたくその「期が明けた」から、お礼に一席設けたいという。
 そんなこと、まったく忘れていたが、ありがたくお受けする。
 横浜から兄も来阪。
 刺身や鴨鍋で一杯やりつつ、久しぶりに一族での宴会となった。満腹。


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