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10月16日(土) 穴蔵
 秋晴れである。予報では曇天から雨であったが、当たらんな。
 終日穴蔵。
 外出は、飲料(ビールと黒陶焼酎れんと)のポーターとして買い物に同行しただけ。
 先日から刺殺刺傷事件がつづく。
 甲府の刺殺放火(12日)、新居浜の刺殺(13日)、上野の刺傷(15日)につづいて、昨夜(15日)に尼崎で刺殺事件。
 犯人はバイクで逃亡中。
 尼崎の犯行現場は某信金の斜め向かいでたまに行く場所だ。
 野次馬としては見物に行きたくなるが、まだしばらくは我慢する。
 夜、雨になった。ニュースでは、バイクで逃げた「元夫」が西宮市で身柄確保されたらしい。
 しかし、刃物事件はまだつづきそうだな。流行だからな。選挙もあるし会見もあるし。ご用心を。

かんべむさし『公共考査機構』(徳間文庫)
 かんべさんの1979年刊の再刊。なんともド派手かつ難解な表紙だな。
 再読、さらに難解……というより、多様な解釈ができる問題作である。
  *
 これは42年前に出た長編。その時の印象(というより今の記憶)では、権力による監視が強化した時代、酒場でつい「本音」をいったために密告されて、(権力の犬と化している)マスコミに引っ張り出され、糾弾される展開……のように記憶していた。
 再刊されたのは「SNSなどに見られる炎上など、今のネット社会を予見している」点にある……らしい。
 再読して、確かにその通り。こちらの記憶が間違っていた。今のSNSではなくプッシュホンによる賛否の中継だが、極論とそれに対する「大衆」の反応とか、「公共放送」の権力寄り構造など、見事な先取りで、さすがと思う。
 ただ、本質的なところは、さらにその奥にある。
 解説がマライ・メントラインさん。どんな方なのかまったく知らなかった。自称「職業はドイツ人」という文筆家・翻訳家・その他という才人である。
 この解説には驚いた。
 マライさんは、前記の構造を認めた上で、主人公の心理描写に注目する。そして、
「自律的に思考し、正邪の判断を能動的に行う人物」と、
「疑似インテリ性が妙に鼻につく人物」
 の二面性の描写に注目すべきという。
 そこから導かれる「小市民的かつ性善説的な社会倫理」は「国家運営のリアリティ」と整合しない。この不整合は「国家」にも「言論人」にも「庶民」にも不都合なのだが、あまり表面化しない。それを表面化させないために、国家は「生贄を捧げることが効果的」……という。
 公共考査機構に捧げられる主人公は「生贄」であるわけだが、考察はさらに「異端審問の普遍化」という問題まで踏み込む……。
 へたな要約などすべきでないな。詳しくは解説をお読みいただきたく、そのためには再読(多くの読者には初読)が必要で、ぜひとも書店で手に取っていただきたいと思う。
 いや、世の中には凄い人がいる。

10月15日(金) 神戸新聞文化センター
 昼前に出て、阪急神戸線で「越境」して三宮へ。
 午後、神戸新聞文化センターの講座。
 エッセイ7篇、短篇3篇について合評会形式で。
 エッセイは、テーマが「マスク文化祭」「自転車散歩」「56文字小説」「記憶の欠如」「読書」「葬式文化」「国民体育大会」と多彩で、合評というよりも、話題がどうしても脱線してしまう。
 短篇は、「初恋の記憶違いが倦怠期の入り口で偶然判明するちょっといい話」「国防婦人会の現代版のような東京五輪小説」「吸血植物の人間の意識への侵入をリアルに描写したホラー」と、こちらも傾向バラバラで、それぞれ面白く、例によって時間が足りなくなった。
 こんな場合、喫茶店に移ってガヤガヤやってもいいのだが、まだしばらくは様子見することに。
 夕刻帰館。
 本日のコロナ感染者。大阪は65人で(全国で唯一3桁だったのが)やっと2桁になった。
 10月1日の緊急事態解除から2週間経った。昨日あたりからまた増え始めると予想していたのだが……ま、もうしばらく様子を見ることに。
 初心忘るべからず。世間は忘れっぽいとしか思えない。本日の数字だって第1波のピーク(2020年4月)のレベルではないか。そこからさらに下がっても、去年5月の連休中はビクビクしながら過ごした。あれが「初心」である。

10月14日(木) 穴蔵
 秋日和である。
 終日穴蔵。
 資料を読んで過ごす。
 本日、衆院解散。
 晩酌時にニュースで例の「バンザイ」を見ようと思ったら、延々と首相の会見中継。
 テレビは切り、後藤雅広『ATLANTA BLUES』を聴きつつ、ビール、酎ハイ。
 21時にやっと「万歳三唱」を見る。これ、割と好きなのである。気分がほっとするし。
 毎度のことながら、失職して万歳する光景は珍中の珍である。玉砕覚悟のバンザイ突撃と見ればいいわけか。
 バンザイした諸君の天晴な玉砕を祈る。

10月13日(水) 穴蔵/ウロウロ
 天気予報は曇天、傘持って出ろだったが、ほとんど晴に近いではないか。
 朝の通勤ラッシュの終わった頃に出て、梅田うろうろ、郵便局やATM巡回のあと、西区の靭公園へ。
 公園の中心あたり(なにわ筋)でかんべむさし氏と会う。
 ベンチで書籍受け渡しの後、しばらく雑談。近況報告。
 緊急事態解除とはいえ、まだ一杯やりながらの議論というわけにはいかない。
 ついでに、なにわ筋に面した西側角の楠永神社にお参りする。
  *
 意外にも今まで知らなかった神社である。小さい神社だが、色々由緒ある神社で、特に白いS字型、それに進駐軍の飛行場工事にからんでもややこしい事情があったらしく、ともかく災厄がこちらに及びませんように。
 なにわ筋〜中央大通を歩いて西長堀の中央図書館へ。
 ともかく歩かねばいかん。
 1時間ほどいて、地下鉄で帰館。大正あたりまで行きたかったが、さすがに疲れた。
 午後は穴蔵にて……やっぱり昼寝してしまう。嗚呼。
 晩酌時、今度は新居浜で50代男が3人刺殺のテロップ。
 興味深い事件がつづくなあ。

10月12日(火) 穴蔵
 午前2時に雨音で目覚め、朝までだらだら。
 結局、寝たり起きたりで夕刻となる。
 外は曇天、頭もずっと曇ったまま。嗚呼。
 ネットで魅力度ランキングというのを見る。
 都道府県魅力度ランキング(地域ブランド調査2021)……各県のブランド力を数値化したものらしい。まあ「行ってみたい」場所のランク付けか。「住みたい場所」ではない。
 最下位(47位)が茨城県というのが何とも意外だ。時間ができれば行きたい県のトップが茨城なのだから。
 ただ、よく考えると、行ってみたいのは茨城の周辺ばかりのような気がする。
 首都圏外郭放水路を見学に行きたいが春日部(埼玉)、天保水滸伝の舞台を歩きたいが笹川(千葉)、車窓から見て途中下車したいと思った館林は群馬、ちょと先の足利市(ここは何度も来た)は栃木である。そして、栃木、群馬、埼玉そろって40位以下に並んでいる。
「わたくし」がいちばん憧れる「楓葉荻花秋は瑟々たる刀禰河あたりの渡船」も、荷風のおっさんが佐原市(千葉)あたりの水郷をイメージしたのではないかと思う。
 要するに広大な利根川流域に憧れているのだが、これは(何度も乗った)東武伊勢崎線の車窓から見た風景であり、実際に歩いてみる(あるいはクルマで走ってみる)と、平坦な変わり映えのしない風景がつづく、つまらん場所なのだろう。
 憧れの場所はそのままにしておいた方がいいようだ。(※※)
・甲府市の火事のニュースが気になる。
 午前3時半頃に「泥棒」通報、直後に怪しげな男が逃げ出し、猛烈な火災となって2名(50代夫婦らしい)が焼死。これは殺人・放火なのではないか。山梨県警諸君の健闘を祈る。(※)

※13日未明に甲府市の19歳の男が出頭したらしい。単なる泥棒ではあるまい。「放火」も普通あんなに燃え上がるはずはなし。50代夫婦が逃げられなかったはずがないし。続報を待つ。(10/13)
※※魅力度ランキングについて、群馬県知事の山本一太(県知事やってたのか)が怒って「法的措置も辞さない」とか。へえっ。本気にしているのか。「わたくし」なんぞは、「世間」の評価と真逆なのを意外に思ったが、そんなものと思う。世論調査もそうだが、あんなの信用する方がアホである。自動音声のアンケート電話がかかってきたら直ちに切る。あんなのにマトモに回答する人間は、よほどのヒマ人かどこかおかしい人種なのである。(10/14)

10月11日(月) 穴蔵
 秋晴れである……ように思ったが、だんだん曇ってきたような。
 数時間ごとに微睡んだり本を読んだりしていたら、たちまち夕刻である。
 このところ1〜3時間ほどの断片的な睡眠しかできない。
 なんとかしなければいかんな。

芦辺拓『大鞠家殺人事件』(東京創元社)
 大戦末期の大阪、船場の老舗問屋を襲った惨劇……それは明治末期に起きた跡取り息子の消失事件から始まっていた。
 芦辺拓氏の「古典的」本格推理大作。
  *
 帯には「斬りつけられた血まみれの美女」「夜ごと舞いおどる赤頭の小鬼」「酒で溺死させられた死体――」とあるが、他にも、異様な縊死や木乃伊化しかけた死体や裸死体など、一族を巡る奇怪な事件が続出する。さらには異様な風貌の私立探偵まで登場……これらの事件は、ヴァン・ダインやクロフツの古典との符合も感じさせる。
 芦辺氏の久々の大阪ミステリー(『時の誘拐』『時の密室』など)で、背景には、明治の「消失」事件から始まり、その後、跡取り息子ふたりの徴兵などで、次第に没落していく問屋の姿がある。特に落語や放送劇などで笑いを交えて描かれる「番頭はんと丁稚どん」の実態が厳しい階級制であることなど、商家の実態がリアルに描かれている。この細部描写が奇怪な惨劇にリアリティを与えて、横溝時代の古典本格推理を復活させたような雰囲気を感じさせる。同時に、これは大阪大空襲によって滅びる、大大阪(だいおおさか)以来の大阪モダニズムの終焉を描いたロマンでもある。
 芦辺拓の力業、恐るべし。
 他にも様々なミステリー的趣向がこらされているが、巻末の「好事家のためのノート」以上のことはとても書けそうにない。
 蛇足ながら……本書は東京創元社の隔月誌「ミステリーズ」に連載されていたが、同誌が休刊(近々「紙魚の手帳」が創刊される)したため、後半が書下ろしとなった。こんな事情が師匠・鮎川哲也の『死者を笞打て』に似ているのである。


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