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8月19日(土) 創サポ講義(オキシタケヒコ氏)
 夕刻に穴蔵を這い出て、地下鉄で天満橋のエルおおさかへ。
 創作サポートセンターの講義。
 本日はオキシタケヒコさんをゲストに招いてその小説作法を聞く。
 オキシさんは「まだ駆け出しだから」と謙遜されるが、2011年の「What We Want」から6年、たいへんな状態にある。
 『波の手紙が響くとき』の構成にも驚かされたが、最新作『おそれミミズク』はオキシさんの最高傑作であり、最新作が最高傑作ということは、すごい進化の途上にあるということでもある。
 なんといっても『筺底のエルピス』(ガガガ文庫)がとんでもない展開を見せている。
  *  *
 その『筺底のエルピス5 −迷い子たちの一歩−』が昨日出たばかり。
 円城塔さんが帯に推薦文を寄せていて(そのこと自体が異例だが)、「オキシタケヒコの書き方は作者まで殺してしまうかもしれない。」が秀逸である。
 いちばんホットな状態にあるオキシさんに創作の秘密を明かしてもらおうという企画である。
 オキシさんの話術は抜群に面白く、デビュー時の諸事情、ゲーム制作と小説の差、企画書の重要性とポイント、大きな構成をストーリーの細部に落とし込んで行く手順、さらにはオフレコ前提で「職業上の秘密」まで、きわめて具体的に公開してもらった。
 本日の話の内容は聴講者の特権として非公開といたします。
 あと、近所の居酒屋で懇親会。
 オキシさんは愛烟家である。ゴールデンバットがまだあるとは知らなかった。関係ないけど、若い頃のセシル・テイラーに似ているなあ。
 久しぶりに深夜近くまで飲んだ。

8月18日(金) 穴蔵
 曇天、午前8時頃に「朝の夕立ち」あり(驟雨と書けばいいのかな。「お日さんとお月さんと雷さんと雷さんの息子が旅をしまして……」の小咄が浮かんできて「朝**」とは書きにくい)、涼しい日である。
 ステテコにアンダーシャツ姿で、扇風機の風に吹かれつつ、終日穴蔵。
 資料を読んで過ごす。
 たちまち夕刻。
  *
 専属料理人に、新潟産枝豆、モツ煮、茄子のグラタン、ローストビーフのサラダなど並べてもらい、ビール、豊崎西公園南側中本酒店推奨の格安バカ旨ワインを少しばかり。
 早寝するのである。

8月17日(木) 穴蔵/大阪女子マラソン見物から10年
 午前は曇、午後晴、ベランダは33℃のようだが、ステテコにアンダーシャツ姿で、扇風機の風に吹かれておれば快適である。
 終日穴蔵。
 意外に慌ただしい日である。
 タイムマシン関係で案件発生、対応あれこれメールで協議。おれがもう海外出張はできないので、検討事項多し。
 ジャズ関係で、来年2月にイタリアから気鋭のクラが来るが、演奏会場の確保が難しいとか。大阪では日曜の昼間になにとか決まるような。
 SF関係では再読せねばの資料あれやこれや。
 たちまち夕刻となる。
 専属料理人に、新潟産枝豆、翁豆腐ヤッコ、タタミイワシ、モツ煮込み、冷しゃぶサラダなど並べてもらって、ビール、黒糖焼酎水割り。
※元マラソン選手がコンビニ万引きで逮捕のニュース。
 コンビニで8点2,700円相当を万引きして逮捕という。品数8点とは、生活苦からか。
 大阪国際女子マラソンで優勝というのにびっくりしたら、
 専属料理人「いっしょに見に行ったわよ」という。
 たしかに10年前に御堂筋で見ていた。
 その後の10年、森永ひさしじゃないけど「何があったの」と訊きたくなる。
 明日はわが身であるなあ。
 「元SF作家、コンビニでビール万引きして逮捕」……嗚呼。

8月16日(水) 穴蔵/ウロウロ
 世間はまだ盆休らしい。
 雲が多く涼しいので、久しぶりに自転車で走ることにする。
 昼前に出て、サイクルショップに寄り、空気注入、梅田貨物線沿いにスカイビルまで。北上して十三大橋。ここから淀川堤を毛馬まで。
 大洗堰にて休憩。
  *
 1971年、毛馬の研究所にいたころ、まだ煉瓦造りの旧毛馬閘門が残っていて、散策、物思いにふけっていた場所だ。
 寮生活でプライベートな場所なし、SFがまるで書けず、仕事のテーマにも興味がわかず、思い悩んでいた時期だ。
 今は場所も時間もあるのだが……。嗚呼。
 天六に引き返し、昼は馴染みの焼肉店でランチ。
 汗をかいたので冷麺定食とする。
 この店で冷麺は初めて。
 悲惨。こんなに不味かったのか。予想もしないことであった。
 ついてない日だ。

8月15日(火) 穴蔵/ウロウロ
 曇天で涼しく、もうエアコン(冷房)は不要かもしれぬ。
 昼過ぎに歩いて新阪急ホテルへ。
 小松御大のご子息の長男(つまり左京師匠の孫)のK青年、かんべむさし氏、おれより古株のNULL同人のSさんと会う。
 K青年の「祖父調査」の続きである。おれは先週話したので、本日はオブザーバー。
 カフェ(Rainbow)にてあれこれ聞く。
 近くのテーブルに河内厚郎さんがいてはって挨拶。ここは関係者密度の高い店である。
 両氏の話を聞くうち、ふたつのことに気づく。
 まず「小松さんとの初対面の印象、これは『日本沈没』前後で大きくちがうのではないか」……これに対してSさんの意見は「万博前後でちがうのだと思う」という。なるほど。「業界」の人にとっては万博の方が大きいのだろうな。
 もうひとつは「関西SFが形成されたのは意外に短期間、1962〜1964年の3年間である」というもの。これは検証しはじめると長くなるので、別のかたちで書くことにしよう。

8月14日(月) 穴蔵/ウロウロ
 月曜なのであった。世間は盆休らしいので、つきあってボケーーーーッと過ごす。
 ちょっと調べたいことあり、本を探すのに1時間以上かかる。
 昨秋、穴蔵移転したとき、「今後は床に本とCDは積み上げない」と決めた。
 そのため、古い資料はだいぶ処分し、SFの多くは播州龍野の書庫に送り、CDの半分はダンボールに詰めたまま。
 それでも1年近く経つと、床に本が増えた。しかし肝心の本は発見できない。
 播州龍野の本はダンボールのまま書庫に放置している。2時間かけて播州龍野へ行くよりも、ジュンクドーか中央図書館で調べる方が便利である。
 ということで、午後、散歩を兼ねてジュンクドー往復。
 日本最大の書店を書庫がわりに使えるのはありがたいことである。たまには買ってるからね。
 近くの住宅前にモミジアオイが咲いている。
 ともかく目立つ花だ。あまり好きではない。1日でしおれるところがいい。徒花というべきか。
  *
 野々村竜太郎の生家近くにも花は咲くのであった。花は元住民を選ぶのか。


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