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4月29日(土) 穴蔵
 朝っぱらから金三胖が花火の打ち上げ?
 騒がしいことである。
 終日穴蔵。一応机に向かって過ごす。たいした成果はなし。
 天気予報では落雷・突風・急な雨に注意とかいってたが、穏やかなもの。午後は快晴。
 今日から播州龍野方面へ動けばよかった。
 たちまち夕刻。
  *
 専属料理人に普通のメニュー:翁豆腐、手羽焼き(添え物のレンコンの方がうまい)、トマトサラダなど並べてもらってビール。カンテのフランスパンで安ワインすこしばかり。
 早寝するのである。
 このところアタマが働かないので、明日は体を動かす予定なり。

4月28日(金) 穴蔵/ウロウロ
 快晴にして暖。
 昼前、所用あって地下鉄で谷四の某務局へ。
 上町台地の西斜面をくだって、内本町の某工会議所にも寄る。
 天気がいいので、そのまま道修町〜淀屋橋〜中之島〜老松町を歩き、瓢亭で夕霧そばを食す。
 あと駅前ビル地下にて播州龍野行きのチケットを購入。
 それにしても、梅田新道北西角、鳩が異様に多い。
  *
 歩道や手すりにもびっしり。
 そんなにエサが多いとは思えないが。
 歩いて帰館。久しぶりに1万歩を超えた。

牧村康正『「ごじゃ」の一分』(講談社)
 副題は「竹中武 最後の任侠ヤクザ」
 山口組を一喝した男の「本格評伝」という。
  *
 極道ものについては熱心な読者ではないが、竹中武となると気になる。
 鳴海事件の頃だと思うが、竹中武の写真を見て、その凶暴な印象に震え上がり、「十代で女郎屋を経営していた」という紹介文に、まさかと思ったのである。竹中武はおれのたった1年上、それだとおれの高校時代にすでに女郎屋の親父だったことになるではないか。そんなアホなと思っていたが、本当にそうであったのだ。
 タイトルの由来「ごじゃもん」とは「播州弁で無茶を押し通す乱暴者」というが、おれは聞いたことがない。育ちが違うからか。
 武は昭和18年8月姫路市御着生れ。小学時代からカバンに花札を入れ、中学時代にキャバレーへ通い、16か17の時にひとつ年上の女と結婚している。昭和36年(1961)に姫路の南地(なんち/駅前、山陽デパートの西側あたりだろう)でパンパン屋(売春宿)を経営する。なんと18歳の時。SFマガジン創刊の翌年で、おれがヌルに入会してSFの習作を始めた時ではないか。早熟なんてものではないわなあ。とても真似できない。向こうもそういうだろうが。
 おれは姫路では通学路以外だと映画館に行くくらいで、夜に歩くこともなかったから、道ですれ違うこともなかったはずだ。
 それからの武の人生……いやはや。
 この種の本の常で、美化してあり、「堅気を泣かさない」「金に淡泊で、」「礼金などいらんと受け取らなかった」「任侠道を貫いた」というが、そんなはずあるまい。
 結局「シノギ」の実態は不明のまま。おそらく仮名にしてある「実業家」という人物が実質的にはマネージャーだったのではないか。武は「実業家」から何度も億単位の金を貰っている。「実業家」が裏で「堅気」から回収していたと考えなければ収支が合わないのである。
 まあ、姫路に中高6年間通学している間、いっさい関わりがなかったのは幸いであった。

4月27日(木) 穴蔵/ウロウロ
 薄い雲あるが、晴れて暖。
 少しは仕事もするのであった。
 午後、専属料理人と歩いて梅田へ。
 本日リニューアルオープンした三番街を見物する。
  *
 かっぱ横丁から紀伊国屋東側(うめ茶小路というらしい)へ移転した古書店街。
 杉本梁江堂にご挨拶に寄る。繁盛をお祈りする。
 専属料理人は新規開店の食材店と家具以外のイケヤを見るというので、おれはヨドバシ〜ジュンクドー経由で帰館。
 極道ものを読み始める。
 たちまち夕刻。
  *
 専属料理人に初夏メニュー:翁豆腐、ピーマン肉詰、ポテトとベーコンの炒めたんなど並べてもらってビール。カンテのフランスパンで安ワインすこしばかり。
 極道の評伝読みつつ寝る。

4月26日(水) 穴蔵
 雨が降り続く。
 終日穴蔵。
 いかん、久しぶりにタドコロ状態に陥ってしまった。あってはならぬことである。
 終日ボケーーーーーッと過ごす。
 たちまち夕刻となる。
 専属料理人に色々並べてもらって晩酌。
 メニューのみ:肉豆腐、ほうれん草、イカ納豆梅肉和え、ビール、一玉残っていたという焼きそばに桜エビ・キャベツ・玉葱どっさり加えて塩味つけしたパスタ風を半皿、コノスルを少しばかり。
 うまっ。うまいのだが、一日を無為に過ごした人間がこれをいただいていいのか、後ろめたさを覚える。
 こう感じるあたり、タドコロよりはましなのである。
 早寝する。
 明日こそホリは羽ばたく……つもり。

4月25日(火) 大阪←→播州龍野/姫路名物
 早朝の電車で播州龍野へ移動する。
 金三胖が何かやるのか気になるところだが。
 10日間来ないうちに実家の様相は一変、木蓮は萎れ、牡丹が咲いている。春は花の移り変わりがはやい。
  *
 花はいいが、周辺で雑草が凄まじい勢いで繁殖している。夏までに大がかりな除草をやらねばなるまい。
 別荘維持、だんだん負担が大きくなる。嗚呼。
 4月末までの雑件処理、タイムマシン格納庫にも寄り、午後、姫路に出る。
 おなじみ灘菊は定休。
 本日は姫路名物・別バージョンとする。
 すぐ横の立ち飲み屋Aにて、ひねぽんとヤッコで水分補給を行う。
 この「ひねぽん」(200円)が姫路名物。鶏である。ニンニクも載せてもらう。
  *  *
 あと、姫路駅のホームにて、名物えきそばを食す。
 午後の新快速で帰阪。
 キタの肥満ブタ、怖じ気づいて何もやらなかったようである。

4月24日(月) 穴蔵/ウロウロ
 晴れて暖。花粉はまだ濃厚の気配。
 午前、穴蔵にこもる。
 午後、雑事あり、梅田うろうろ。
 STEPの焼け跡見物。西店はちゃちゃっと直して、まもなくオープンのような。
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 東側は取り壊しか。もともとバラックみたいな建物だったのだ。
 出火お詫びバーゲンはやらんのかなあ。
 かっぱ横丁の古書店街が紀伊国屋書店の東側へ深く静かに引っ越し中。
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 新店舗は和風に統一した店構えで、表札もできているらしい。祇園か飛田新地の雰囲気でなかなかよろしい。
 今週末あたりにオープンか。杉本梁江堂さんの繁盛を祈る。
 金融機関、チケットショップなど回って帰館。
 夕刻の報道番組。
 「太って肥大した変態動物」という文字が出てくる。キタが米空母のことをいったらしい。労働新聞の記者、敵にこじつけて本音をいったのではないか。「お前んとこの大将(金三胖)のことやろが」と世界中で声があがっているはずである。「そのとおり」と返事はできないだろうが
 つづけて、その金三胖が養豚場を視察している映像……ブラックジョークとしか思えない。
 開戦前夜なりや。


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