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6月21日(日) 穴蔵
 未明に雨はやみ、7時には直射光、室温は快適なり。
 午前中、静かに思索に耽る。
 午後、ジュンク堂へ行こうと出たら、茶屋町一帯、えげつない人出である。
 着ぐるみやコスプレがうじゃうじゃいる。知ったのは皆無だけど。
  *
 「ちゃやまちアイドルパーク2026」というイベントらしい。雰囲気はコミケだな。
 進路変更して、中崎町を散策、タカセ市場で液体系重量物を買って帰館する。
 夜は例によって5皿ばかり並べての晩酌。
 ビールのあと酎ハイと思ったら、VAUTHIERなるワインが出てきた。
  *
 某方面からの戴きもので、サンテミリオンの高級品らしい、知らんけど。
 ブルディガラのクレッセントを齧りつつ少しばかり。なかなか結構な。
 そうか、本日は夏至・父の日に加えて、特別な日でもあったのだ。

6月20日(土) 穴蔵
 雨が降りつづく。気温は快適。
 終日穴蔵。考え事をして過ごす。

6月19日(金) KLL例会
 晴、薄い雲あり。7月中旬並みというが、快適な気温である。
 昼前に出て阪急で三宮へ。
 午後、区民センターで神戸文芸ラボ(KLL)の例会。参加者5名。
 エッセイ5篇の合評。それぞれのテーマから、免許返納、Windows11の使いにくさ、医者通いなどが話題になり、老人会の雰囲気となる。
 いちばん若いMさんが亡くなった影響であろうか。
 Mさん追悼号は近日に発行予定。
 夕刻帰館。
 夜はミニステーキ、パスタなど並べてもらって一杯。
 早寝させていただく。
※週刊文春の「家の履歴書」に梶尾真治さん登場。
 なつかしや横手の屋敷の見取り図あり、何度か泊めていただいたなあ。

6月18日(木) 穴蔵/ウロウロ
 深夜の雨が朝にあがり、曇のち晴。快適な日。
 終日穴蔵。机に向かって過ごす。
 たまにはこんな日もある。

6月17日(水) 穴蔵/ウロウロ
 晴のち曇。着替える必要のない、快適な日。
 終日穴蔵。ただ生存をつづけるだけの1日。たちまち夕刻となる。
 たいしたメニューではないが7皿ばかり並ぶ。
  *
 だらだら飲むしかないではないか。
 藤家虹二の「歌のない歌謡曲」を聴きつつ。

6月16日(火) 穴蔵/ハチ
 薄曇り。快適な日である。
 正午の室温28℃、ベランダも28℃、アメダス25.9℃。湿度52%。
・認知機能の低下(特に歩幅)が気になる。
 歩幅が狭くなることは認知機能低下のサインで、歩幅65cm未満は要注意という。
 歩幅チェックには「横断歩道」が便利で、横断歩道は白線の幅も白線間の幅も45センチなので「横断歩道の白線をまたげなくなったら要注意」ともいう。
 これだとヤツガレの場合、歩幅73p未満(45p+靴の長さ28p)だと要注意で、10年以上前から危険域に入っていることになる。
 どっちなんだ。
 梅田では(歩きスマホが多いとはいえ)前の歩行者が遅くてイライラすることが多いし、横断歩道では(急ぎ足になるからだろうが)白線はまたげる歩幅(73p)で歩いている。むしろ白線をまたげない歩行者の方が多い気がする。
 先日の数値(60p)が気になって廊下で再測定を行う。
 履きなれたペダラ(靴長28p)で、廊下2往復。平均値は69.9p(1958pを28歩)であった。
 9年前と変わっていない(この間に大腿骨骨折を経験しているから、立派なものではないか)。
 13日は重量物を運んだ後で疲れていたのであろう。歩数計には歩幅70pで登録する。
 歩幅が「正常」だからといって認知症ではない証明にはならんのだけど。
・夕刻這出て、梅田のいんたーぷれい8へ。
 本日はジャズ喫茶営業の日。
 北村英治の珍盤「魅惑のクラリネット」を聴かせてもらう。他に客がいなかったからだろう。
 こんなLP(1966)があるとはまったく知らなかった。Vol.4まであり。
  *
「赤坂の夜は更けて」や「銀座ブルース」など数曲を堪能。
 鈴木章治(リズムエース)、藤家虹ニの「歌謡曲もの」との違いについて、考えること多し。
 北村アルバムには、どこにもJAZZ表記はなし。北村英治クインテットだがメンバー表記もなし。アドリブは皆無で譜面に徹している。抜群にうまいスタジオ・ミュージシャンと割り切っての仕事だろう。
 LP録音だけ。CDは出ていない。ライブで演奏されることはなかったはずだ。

6月15日(月) 大阪←→播州龍野
 15日早朝(米東岸は14日夕刻)、大騒ぎになると予想してニュースを見るが、何の報道もなし。
 スポーツニュースばかり。肩透かしであった。
 天気がよくなってきたので、予定を1日繰り上げて、播州龍野行きとする。
 9時半頃に本竜野着。
 ひと月ほど空き家状態だった実家の庭は雑草が急激に伸びて、門から玄関まで歩くのも困難なほど。
 大山賢二が侵入した気配もなかった。ほっ。
 軽で某事務所、金融機関などうろうろ。
 そうめんの里近くまで行ったついでに、嘴崎橋を眺める。
  *
 ↑この橋の下(左端)が、今月3日に下流で死体が浮かんだ大山賢二の潜伏場所。
 河川敷の繁りはテレビで見た以上に広域に広がっている。県警諸君、苦労したはずだ。
 近くの某販売店で聞けば、この周辺は連日、捜査とマスコミの取材でたいへんだったらしい。
 やっと静かになりましたね、といったら、「いえ、あの後、また新宮で人殺しがありまして」という。
 12日に、たつの市新宮町角亀で大林茂樹(68)が妻を絞殺したという。つい先日ではないか。
「自分で110番したから」騒ぎにはならず、テレビ報道もなし。新聞の地方版が取り上げた程度だそうな。
 二地域居住がだんだん遠ざかる気分になる。
 戸締りを入念に確認して、夕刻帰阪。

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