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5月8日(金) 穴蔵/ウロウロ
曇。平日。
・午前、梅田の某金融機関へ。地籍問題はまたしばらくストップだが、金銭関係だけは処理しておかねばならぬ。
窓口で詐欺被害者と疑われるかもしれぬと資料も用意していたが、すんなり処理された。まだボケ老人には見えないらしい。
・帰路、ジュンク堂に寄る。
筒井康隆氏の中篇ハードボイルド『殺し屋はデトロイトから来る』一挙掲載(「文学界」)。
先日神戸で、すでに続篇があり、さらにもう1篇を準備中(3篇で1冊になる)と聞いた。
その創作意欲(チャレンジ精神を含めて)にはただ感嘆の他ない。
・午後は穴蔵。
BSで『ラスト・シューティスト』を見る。ジョン・ウェインの遺作で初見。
ドン・シーゲルにしてはアクションに切れがない。老ガンマンだからといってしまえばそれまでだが。
・以上をひっくるめて『老人の美学』について考えること多し。
わしゃ終活の停滞にいらだっているだけなんだろうか。
・横浜方面からカーネーションが届く。「母の日」が近いのであった。
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まだ蕾が多く、これから咲くのだろう。
夜はこれを眺めつつ、ローストビーフなどでビール、ワイン。
イライラ解消にはやっぱりこれに限るなあ。
5月7日(木) 穴蔵/ウロウロ
やっと連休明け。さあ始動……と待機モードに入るが、世間はなかなか動かんなあ。
イライラしているうち、昼前に某事務所から書類がメールで到着。昼過ぎにやっと(6日ぶりに)郵便が配達され書類到着。
当方の準備は5月2日にすべて終っている。
これで「権利者」の同意(形式的には会って説明すれば済むことだが)を取りつければ作業は終了。
半年間の停滞からやっと解放される……はずだったが……。
某身内に連絡したら、数日前から体調を崩し、寝込んでいて、とても外出は無理という。
作業はまたしばらく延期せざるを得ない。
そのうちこちらが事故にでも巻き込まれて、この問題は半永久的に「凍結」……みたいな、嫌な予感がするなあ。
嫌な予感ほどよく当たる。
何もする気がなくなり、午後、近所を散歩。本日は北北西に進路を取る。
佐伯祐三の生家が改装され、代表作が飾られていた。
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これなら中之島まで行く必要がなくなるな……と、少し西に歩くと、許永中の生家あたり。
偉人から外道へ、この落差がたまらんなあ。
ウチの南東方向でいえば安藤忠雄と坂東英二みたいなものか。ちょっとちがうか。
5月6日(水) Trad Jazz@New Suntory 5
・2時に起床。また「早寝早起き」が前倒し傾向である。
NHK「空の島旅」を見てたら、岡山の多島海……日生沖の「鴻島」の別荘群が出てきた。バブル期の遺産である。
ヨータイ日生からは、間に曽島があって、見えない。まだ新しい廃墟というか。
この少し西、穂浪の「前島」が「身内」の所有する無人島である。バブルの頃、やたら「商談」電話があって往生したと聞いている。40年で大きく変わるものだ。
播州龍野もどう変わるのやら。考えること多し。
・昼に出て、梅田へ。連休最後の日、「行楽」に出かけることにする。
2nd Traditional Jazz Festival in Osaka……昨年に引き続いて「トラッドジャズの小さなお祭り」である。
今年はスケールアップして、ODJC関係の6バンドにゲストバンドが加わって8バンドが出演。
ニューサン(5F)とThe Blarney Stone(6F)の2会場を使っての開催である。
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超満員。ピアノの後ろ側のカウンターでビール飲みつつ聴く。
いい雰囲気だが……(以下はちょっと迷うが、書いておくことにする)。
今年は加藤平祐さんが……というより「河合良一さんのクラリネット」が不参加。
要するに「河合良一の音」が聴けないのである。これはつらい。
数ステージ聴いているうちに、だんだん切なくなってきた。
涙が出ることはないが、やりきれぬ気分になり、途中でそっと抜け出して帰館する。
むろん出演バンドの演奏が悪いのでは絶対にない。ここ数日、わが鬱気分が高じているからであろう。
本日で世間の大型連休は終る。明日からは普通の日に戻る……と思いたい。
5月5日(火) 穴蔵
晴。世間は相変わらず連休の継続中。
終日穴蔵。非生産的な1日を過ごす。
さすがにこの数日、運動不足。
午後、人気のない路地を散歩する。
おや、昨年末に工事中だった豊崎長屋の改装が終了、西側の3戸に看板が掛けられている。
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小さく「KOMINKA WORK SPACE」とあり、それぞれ「茜」「菫」「翠」と表記されている。
割烹かなと思ってたら、ワークスペース?! それなら豊崎には幾つもあるのだが。
2階建ての長屋だから、職種は限定されるだろうな。
どんな業種が入るか楽しみである(文化的な建築を維持されている姿勢は立派という他ない)。
5000歩ほど歩いて帰館。
夜、テレビでUターンラッシュを眺めつつ晩酌。
やっと連休明けが近づいてきた。
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