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3月14日(土) 穴蔵/淀川ゲートウェイ
 雲があるがほとんど晴。昨日よりは暖かくなった。
 穴蔵にて資料を読んで過ごす。
 昼の地方ニュースで、朝から淀川ゲートウエイの完成式典が行われたという。
 今ごろ……と思うが、関連の設備もすべて完成したかららしい。
 で、午後3時頃に散歩に出たら、ちょうど守口車庫前行のバスが来たので、発作的に乗って毛馬橋まで。
 蕪村公園を歩き、毛馬堤へ。毛馬閘門と淀川大堰を眺める。
 クレーン類はすべて撤去されている。
  *
 長柄側(下流)から見る淀川大堰、右端が閘門(淀川ゲートウェイ)。
 閘門の開閉は1日に数回なんだろうな。
 毛馬閘門の開閉は時々見るが、淀川閘門を船が通過するのは、まだ見たことがない。
 つぎは桜が咲いたら来ることにしよう。
 長柄橋から天八経由、30分ほど歩いて帰館。

3月13日(金) 穴蔵
 曇。昨日と一転して、東からの強い寒風……東風は梅の香も運ばず。
・朝、寒風の中、某医院前で5分間、開院を待つ。定期健診。
 体が冷えていたが、結果は良好であった。
・豊崎西公園の南側の道が大渋滞である。
 一昨日の鋼管隆起事件で新御堂筋(豊崎から南)が通行止め。
 新大阪方面から来るクルマはすべて豊崎で降りるから、降り口周辺の道路に車の列。新御堂は新大阪あたりまで渋滞しているらしい。
 降り口の横にはラーメン屋(麦と麺助)の行列が出来ているから、人もごった返し。困ったものだ。
・昼に出て、北大阪急行の某駅へ。
 某氏にウチへ来てもらう予定だったが、新御堂が渋滞してクルマは無理。こちらから出向くことにする。
 ご近所の喫茶店で2時間ほど、重要案件の打合せ。
・帰路、梅田から一昨日の事故現場を見物に行く。
  *
 報道された通り、1.6mまで「沈下」していた。
 新御堂(上の高架)は通行止めが解除されたようである。また騒がしくなった。
 下の道はしばらくクルマは通れないようだが、どうでもよろしい。
 結局(地盤の再調査などで)ウチの近所の工事塀の撤去が数年延びることになりそうな。嗚呼。

3月12日(木) 穴蔵
 晴。外は暖かそうな。ノラが2匹、市営廃墟の屋根で昼寝している。
 こちらは終日穴蔵。コタツで雑読、眼が疲れたら昼寝。
 充実した1日である。

3月11日(水) 穴蔵/鋼管隆起!
 定刻4時に起きて、普通の生活パターンで過ごす。
 進行中の80枚の校正を終了、これで一段落。
 昼、うどんを食べながらテレビニュースを見てたら、新御堂筋・茶屋町あたりで、とつぜん巨大な鋼管が隆起したという。
 見ればジュング堂から南へ300mほど、よく通る場所ではないか。
 食後、さつそく専任料理人(も好きなんだのう)と見物に出かける。
 新御堂筋の高架下、JR高架のすぐ北側に、直径3.5mの鋼鉄パイプか路面から突き出している。
  *
 注水車が来て、管の側面にあけた穴から水を注ぎ込む。13m突出したのが少しずつ沈下しているらしい。
 ここは、ウチの近所・豊崎西公園で工事中の「雨水貯留池」から、新御堂の下を700mほど南へ「貯留管」を伸ばす、その工事の南端である。
 ここに海老江下水処理場につながる下水管との「分水施設」が作られるはず。
 地下30mほどでの工事だから、おそらく砂礫層にぶつかって、水圧で押し上げられたのだろう。
 1969年、大阪駅前第1ビルの建設工事中に、地下水が噴出して国道2号線が陥没した。あの事故を思い出すなあ。
 あの事故を参考に地下街でのネズミのスタンピードを書いたが、こちらでも何かやれないか……などと愚考しつつ帰館する。
 しかし、今年(令和8年)末に完成予定の貯留管工事、また工期延長になりそうな。嗚呼。

3月10日(火) 穴蔵
 定刻4時に起床。
 終日穴蔵にてマジメにデスクワーク。
 正午の室温は20℃、ベランダは12℃、アメダスは8.8℃。晴。
 厚着して机に向かっている分には、まあまあ過ごしやすい季節になった。

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