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11月14日(木) 穴蔵
 曇天、午後は晴れ間が広がるが、風が急に冷たく、出歩く気にならず。
 終日穴蔵にて、資料を読みメモをとって過ごす。
 腹が減ったらオマンマ食べて。
 命は……あと数年は持つか……尽きればあの世行きか。
 ありがたや、ありがたや。

11月13日(水) 穴蔵/Wヤング
 秋晴れである。
 外は気持ちよさそうだが、出歩くことなく、終日穴蔵にて過ごす。
 Wヤング・平川幸男師匠の訃報。78歳。おれの兄貴みたいな年齢ではないか。
 第2期のWヤングは時々テレビで見たが……なんといっても、中田治雄(軍治兄さんと呼ばれていたはず)とのコンビ時代、70年代後半が凄まじかった。どう名づけていいのか、特に特定ジャンルにしぼってダジャレの限りを尽くすパターンのネタが凄かった。40歳前後の頃か。「やすきよ」どころではない。おれは、いとこいさんの次に好きだったなあ。
 後年、おれは、相方が亡くなって困っている漫才師を主人公にした短篇SFを書いたが(相方をロボットで復活させる)、このモデルは軍治兄さんである(死んだ方が平川幸男……そのままではなく、デフォルメしたけど)。
 あ、なんだか軍治兄さんの方をほめてるようだけど、平川幸男は抜群にうまかった。ただ、中田治雄を失ったのは致命的だったと思う。今のなんとかいう若手相手でも、まあまあ面白かったけど、平川幸男の才能を輝かせたのは軍治兄さんだったのだろう。
 博打はやったらあきまへんで。

11月12日(火) 大阪←→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動する。
 姫路から8時過ぎの姫新線で本竜野へ移動するが、だんだん乗客が増えてきた気がする。
 10人ほどは知り合いの会社(ITと産業機械)の社員である。5年前は2、3人だったからなあ。
 わがタイムマシン業は衰退して、通勤客はおれ1人である。通勤ともいえんか。
 播州龍野の産業、振興してほしいもの。
 雑事色々。昼過ぎにだいたい片づける。
 午後、姫路へ。
 眉村さんを偲んで「えきそば」を食す(眉村さんと駅そばの関係についてはこちらに書いている)。
 ついでに姫路ぶらぶら。
 最近は姫路城などより、山電姫路駅の西側……昔のいかがわしい場所……の方が面白い。
  *
 モノレール軌道の残骸。大将軍駅が解体されたのは寂しい。
 このあたりを北野さん八杉さんとうろついてから、もう13年前になるのか。
 歳をとるはずだ。

11月11日(月) 桜橋
 朝、グラフロの西を抜けて桜橋渡辺病院へ(もう病院名を伏せることもあるまい)。
 あの時から6年、術後まったく異状はなく、この4年は年に1度の検査である。
 今年から、ホルター検査がエコー検査に変わった。
 異状はなく、また1年先の予約となる。
 検査結果と矛盾するようだが、おれはできれば心臓系で逝きたいと思っている。
 痴呆や寝たきりにならず、さっさと行けるのがいい。
 そのために不摂生することはないけどね。
 壁抜け猫と久しぶりに対面。
  *
 この猫とも年に一度か。
 まっすぐ帰館、午後は穴蔵にこもる。

11月10日(日) 穴蔵
 本日も秋晴れ。
 穴蔵にてボケーーーーッと過ごす。
 二日酔いではないが、アタマの働きがいまひとつ。ずっとそうではないか。その通りです。
 終日寝そべっているつもりだったが、日曜にもかかわらず、連絡メール色々。
 明日から動かねばならぬようである。
 体の動くうちが花か。

11月9日(土) 眉村卓氏葬儀@天空館/葬送@ニューサン
 本日も秋晴れ。
 昼、地下鉄で阿倍野のやすらぎ天空館へ。
 眉村卓さんの葬儀である。
 仏式で粛々と執り行われた。
  *
 最後に村上知子さんが挨拶され、病院での最後の日々を語られた。
 入院中にも傍らの小さいテーブルで原稿を書き、長篇が「あと5頁くらい」になり、しかしシャープペンが持てなくなり、少し口述で進めたが、最後はやはりペンを持ち、原稿用紙の升目を無視して書き続け、「これでいい」と筆を置かれたという。
 最後の長篇は完成したとみていいようだ。
 参列者多し。SFの知り合いも多く、時々(といっても数年ぶりか)顔を合わせている人もいるが、一瞬誰かわからない。
 改まった黒服だと(SF系定番のむさくるしい格好ではないので)印象がまるで違う。向こうも同様らしく、いちいち名前を確認して挨拶する。M27だけは別格だな。
 出棺をお見送りして、まっすぐ帰館。
 夜また這い出て、久しぶりにニューサントリー5へ。
 ニューオリンズ・ラスカルズの出演日。
 森マスターがわが席の前に↓下のボトル(空のオールド)を出してくれた。
  *
 ここのボトルキープ「番号1」は眉村さんなのである。絵も眉村さん。60年代後半のグラサン(グランドサントリー)時代から馴染みであり、このボトルは店のお宝なのである。
 今夜は「ニューオリンズの葬送」に倣って派手に行こうとニューサンに来たのだが、河合良一さんが、皆までいわずとも、全部かなえてくださった。
 河合良一さんは住吉高校で眉村さんの後輩にあたる。しかも、娘さんが知子さんと住高で同級なのである。
  *
 最終ステージで眉村さんを偲んで賛美歌「In The Garden」、引き続き賑やかな演奏で終わった。これぞニューオリンズの葬送。
 客の多くも眉村さんを知っていて、盛大な拍手、いい夜になった。
 おれひとり勝手な二次会となったが、罰は当たるまい。


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