HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』167

●マッドサイエンティスト日記(2000年9月後半)


主な事件
 ・徳間康快社長急逝……(20日)
 ・「日本酒とスイングジャズの集い」(23日)
 ・「小松左京賞受賞式と角川春樹事務所四周年記念パーティ」(29日)
 ・奈良スイング・フェスティバル前夜祭(30日)

2000年

9月16日(土)
 某文庫の校正を続ける。夕方、宅配便で発送。
 テレビでは夕方の定時ニュースでもオリンピックの中継を国営放送がやっている。興味のないわしには迷惑な限りである。事故も犯罪もいつもどおり起きているのだろうに。……それとも日本人は皆んなオリンピックを見ていて、期間中は泥棒も休業なのだろうか。

9月17日(日)
 終日小部屋に立てこもり。三雲岳斗『海底密室』(徳間DUAL文庫)を読む。宇宙ステーションから海底基地へ。動機に趣向がこらしてあるのが面白いが、タンクの構造がよくわからない。

9月18日(月)
 3連休が終わり、ボンクラサラリーマンに戻って終日ボンクラ仕事。つまらん日である。

9月19日(火)
 ややこしいクレーム発生、6時過ぎに出社のあと、ただちに新大阪。夜帰着。
 夜、先日録画しておいた「ベニー・グッドマン物語」のビデオを見る。20年ぶりくらいではないか? サイドメンの生出演という趣向はやっぱり面白いし画期的だ。小説でいえば生島治郎の自伝的小説の趣向であろうか。よく言えば作品との距離感がとれるわけだし、悪く言えば単なる照れ隠し。……うーん、『「新車に乗った巨根」殺人事件』にこの方法は使えるか、などと色々考えること多い。ジャズ映画の感想じゃないな、これは。

9月20日(水)
 終日ボンサラ仕事。
 夕食時、相変わらずオリンピック。サッカー中継がうるさく、落ち着いてビールが飲めない。
 早々に「小部屋」に避難してパソコン。

9月21日(木)
 午後のネットのニュースを見ると、昨夕、徳間社長が亡くなられている。入院などという話はまったく聞いていなかったから、急逝ではないか。
 この方の個性はとても一言でいい表せない。風雲児というか、戦国武将というのはこういうタイプであったとか、カリスマであるとか、毀誉褒貶も激しい人だが、ぼくにとっては大恩人のひとり。「太陽風交点」事件では被告として並んでいたわけだ。また「『宇宙法廷』ノート」の当事者が亡くなったわけで、いかんなあ、追悼の意味でも、早く再開しなければ……。控訴審で和解勧告を蹴る件り、徳間康快氏の面目躍如であったのである。

9月22日(金)
 夕方から某タクマ元専務現相談役の若村さん、某K川嬢、かんべむさし、わしと専属料理人の5人で久しぶりにビール。あと、例によってぞろぞろとサントリー5へ。金曜日はスイングの日で、キャンディ浅田の出演日であった。サウスサイドのコンサート以来、久しぶりに聴く。
 off
 「P.S. I love you」を歌ってもらう。これは実にうまい。来週も奈良で聴くからねと約束。
 ……それにしてもウチの専属料理人、最近やたらネットに露出するようになってきたなあ。

9月23日(土)
 雨が降ったり曇ったり晴れたり天候不安定。降っても晴れても終日書斎のつもりだったが、午後になるとちょっと落ち着かなくなり、阪神・大石駅の南にある「沢の鶴資料館」へ。
 「日本酒とスイングジャズの集い」といって、沢の鶴の古い酒蔵を改造したホールでのコンサート。秋満義孝と神戸ジャズオールスターズという、神戸ジャズストリート用編成のスイングバンド。秋満義孝(p)、花岡詠二(cl,ss)、五十嵐明要(as)、徳大寺君公忠(ts)、池田公信(tp)、魚谷のぶまさ(b)、大西教文(g)、藤田洋(ds)、ゲストボーカルが古閑みゆき。個別には花岡詠二、池田公信(サウスサイドのマッシー池田)、古閑みゆきを聴いているけど、こんなユニットで聴くのは初めて。
 末廣光夫のプロデュースで、例によって司会がうるさいけど、音響は抜群である。
 off off
 休憩時間に冷酒の試飲会付き。日頃デキシーを吹いているマッシー池田、「スイングは緊張してしまうよ」といってたが、なかなかどうして、いい音でスイングしていた。

9月24日(日)
 終日書斎。

9月25日(月)
 ネットで注文していた、相村英輔「不確定性原理殺人事件」(トクマノベルス)が届いたのでさっそく読む。都筑道夫氏がその「論理」を帯で誉めているのと、「不確定性原理」というタイトルに惹かれて、である。
 不確定性原理……位置と運動量が同時には確定できない。つまり「アリバイ」と「密室」の一方を破ると片方が破れない……という設定かと思ったら、意外にも……というのは変か……量子力学の論理を使ったミステリーではなく、ごくまともなミステリーであった。
 昭和50年代風俗を描く。ペダントリーの披瀝。量子論とシュールリアリズム論議。ミステリー論。死体鑑定。色々詰め込んであるが、どれもが徹底していないところが不満でもある。まあ「虚無への供物」のミニチュア版と読めばいいのかな。
 なんだかけなしているような書き方になったが、たいへん面白かったし、刺激も受けたのであります。念のため。

9月26日(火)
 SFマガジンを立ち読みしたら、橋元淳一郎さん「8月に子供の誕生」とあるが、おーい、どういうことなんだい? お孫さんかな。雀三郎さんも、もうおじいさんなんだからなあ。

9月27日(水)
 今頃……というのも失礼な話なのだが……やっと野尻抱介「太陽の簒奪者」3部作を通読、これはたいへんな傑作である。いかに傑作か書き出すと、手間がたいへんなので、一冊になった時点で改めて……。

9月28日(木)
 相変わらずオリンピックが騒がしい。ただ、開会式のテルテル坊主の行進がとんでもないものだったという話をあちこちで聞く。「総集編」で見られるだろうか。国辱ものだから見ることはないという意見もあったけど、アホなものは見たい。

9月29日(金)
 朝から上京、夕方、東京會舘へ。
 「小松左京賞受賞式と角川春樹事務所四周年記念パーティ」
 第一回小松左京賞は平谷美樹『エリ・エリ』が受賞。佳作・浦浜圭一郎『DOMESDAY』、努力賞・高橋桐矢『ストレンジ・ランド』
 平谷氏とは、6月に盛岡以来3度目の顔合わせだが、あれよあれよという感じで上昇していくなあ。
 受賞作を読まずに受賞パーティに出るのも異例だが、11月刊行らしい。
 角川春樹事務所の創立記念も兼ねていて、大盛況。
 小松さんが挨拶で、「『虚無回廊』の第4部第5部は平谷さんに任そうかと思う」とまたも問題発言。あわてて平谷さんと並んでいるところへ行く。「小松さん、平谷さんは書けると思いますけど、まず長篇数冊が先ですよ。それから、平谷さんに任せる場合は、ぼくも相談役で参加させてください」
 ……うーん、「虚無回廊」はいったい何バージョン出ることになるのか。
 off off
 受賞者、左から高橋桐矢さん、浦浜圭一郎さん、平谷美樹さん。
 それにしても、最後の森村誠一氏の挨拶にはびっくりしたなあ。事情があって全部はここに再現できないけど、要旨は「来年の記念パーティに社長は欠席かもしれないが、春樹事務所は不滅である」というもの。真面目な顔で堂々とこんな型破りの挨拶をするのを見て、わしゃすっかり森村誠一ファンになってしまった。……作品に関してはあまりいい読者ではなかったが、心を入れ替えます。
 岡本賢一さんと歩いて東京駅まで。心優しい岡本くんがチーズクラッカーを差し入れててくれたので、ワインを飲みながら、最終のひかりで帰阪。

9月30日(土)
 二日酔い気味なれど、朝8時に出社。近くにある分室の撤収作業。トラックを停める都合上、休日の作業となるのである。昼まで肉体労働。
 午後、専属料理人と近鉄で奈良へ。
 意外にも、奈良に降りるのは初めてである。
 奈良公園〜大仏殿を散策。小雨が降りかけたりで人は少ない。
 夕方、新公会堂へ。
 奈良スイングフェスティバルの前夜祭。『奈良ジャズ物語2000』というタイトルで200人くらいのドリンク、軽食つきのコンサート。鈴木治彦の司会で、主な参加プレイヤーが集まる。
 第1部 秋満義孝を中心に映画音楽で構成。
 秋満義孝のソロ、つぎに小林真人(b)、八城邦義(ds)が加わったトリオ、このトリオに次々とゲストが加わっていく構成。花岡詠二(ss,cl)、中村誠一(ts)、光井章夫(tp)、井手正雄(tb)、細川綾子(vo)、キャンディ浅田(vo)……「虹の彼方に」とか「五つの銅貨」など、おなじみのスタンダード。それぞれ個性的な演奏で楽しめたが、異彩を放っていたのは、最後に登場の滝川雅弘(cl)。ピアノ・トリオをバックに「星影のステラ」(これが映画音楽であったことを初めて知った)を吹いたが、デフランコをさらに先鋭にしたようなアドリブで、それまでの「おなじみの映画音楽をスイングで」の雰囲気を本格的ジャズ・ライブに一変させた。さすが関西の誇るモダン・クラというか、東の谷口英治と並ぶジャズ・クラリネットの逸材というか、感嘆しましたね。若手の小林真人と八城邦義が俄然張り切って、それに引きずられて?大ベテラン・秋満義孝のピアノの雰囲気までが変わったから、秋満義孝も大したものだ。……横にいた専属料理人はそれまでポピュラー風の雰囲気に浸っていたから、ちょっととまどって、1ステージ最後の1曲の凄さがわからなかったようだけど。滝川雅弘おそるべし。
 off off off
 写真は、10年ぶりに聴く中村誠一、おそるべし滝川雅弘、クラ4本のアンサンブル。
 第2部が北村英治を中心とするクラリネット・アンサンブル。
 ヴォーカルなど数曲のあと、北村カルテットのリズム陣、高浜和英(p)、小林真人(b)、八城邦義(ds)をバックに北村英治、花岡詠二、谷口英治、滝川雅弘のクラ4本が並ぶクラリネット・アンサンブル。これは滅多に聴けない構成である。アレンジは北村英治さん? クラ3本のセッションはNHK−FMのセッション95であり(この時は北村英治、滝川雅弘、谷口英治)、藤家虹二さんのCDでもあるが、4クラは初めて。グッドマンのナンバー中心に数曲。ベイシーナンバーなどもあったが、特筆すべきは「バーニーズチューン」におけるソロの凄さ。谷口英治と滝川雅弘が両端で、ベテランふたりをサンドイッチにした配置。ここで両端のふたりがすごくモダンなアドリブを披露、特に谷口英治が超絶的ソロを聴かせた。刺激されたわけでもないだろうけど、いや、やっぱり刺激されたんだろう、北村英治さんのソロが若々しい感覚とパワーで対抗しているのに驚いた。70歳にしてこの意欲とパワー。やっぱり偉大なクラリネット奏者なんだなあ。……最後は総出演で「シング・シング・シング」。
 それにしても中村誠一と谷口英治が並んで吹く場面が見られるとは、奈良に来るまで想像もしていなかったなあ。
 21時前に終演。
 ロビーでCD数枚を購入。滝川雅弘の初CD「Nan laboratry presents Masahiro Takigawa」(NLCD-1)、デフランコ信奉者・滝川雅弘のクラが堪能できる。ライブ盤だが、「ミスター・クラリネット」に匹敵するほどに滝川雅弘が吹きまくっている。……このCD、滝川さんのライブ会場くらいでしか入手できないのかな?
 雨が激しくなり、タクシーを待っているところで、出てきた中村誠一さん、谷口英治さんとちょっと挨拶。
 この後、三井アーバンホテルでバイキング付きのジャムセッションがあるというが、これを聴くと帰れなくなるので、残念ながらそのまま帰阪。
 スイングがメインの9月であったなあ。


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