HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』166

●マッドサイエンティスト日記(2000年9月前半)


主な事件
 ・見晴らしの悪い小部屋幽閉の日々……
 ・筒井ワールドFINAL 大阪公演。(8〜10日)

2000年

9月1日(金)
 ついに9月である。セプテンバーソングの季節である。人生75年とすれば、わしゃほとんどスリークォーターを過ぎてしまったわけで、実感だなあ。
 ボンクラサラリーマンとしては終末直前、クリスマスソングというところか。
 にもかかわらず、相変わらずボンサラ仕事で一日。嗚呼……。

9月2日(土)
 終日仕事用小部屋閉じこもり。
 某講座の課題作品2編についてチェック。
 午後、北野勇作さんが来る。ひと月ほどポルトガルからスペイン、フランスを放浪してきたということで、土産にワインを届けてくれた。……ポルトガルにはリタイアの後、知り合いの機械メーカーに無給でいいから2年ほど部屋だけ世話して欲しいと話を持ちかけるつもりだったが、消息がつかめないまま。一度は断念していたのだが、北野さんの話を聞いていると、やっぱり行きたくなってくる。
 宇宙作家クラブの大阪例会の日なのだが、夕方から某講座担当の日なので天満へ。
 提出された作品、ひとつはホラー、もう一編は天才芸術家の史伝ともいえる作品、ともにSFプロパーとしては戸惑う。……が、少人数であったので、講義よりはゼミ方式にして2時間。今期最後の「講義」ということになるので、例外的に時間延長、近くの居酒屋でつづきをやったら、午後10時を過ぎてしまった。
 話のはずみで、作品提出者おふたりに、川又千秋の短編「指の冬」のコピーをお送りすることになる。なぜこの作品か?と思われるだろうが、ひとつはホラーの技法のひとつとして参考に、もうひとつはある時代のパリの描写の参考として、ということである。

9月3日(日)
 終日仕事部屋に閉じこもっていたいところだが、よんどころない事情で播州龍野の実家へ。鬱陶しい話である。
 昼前に帰り、書庫から奇想天外の旧号を探し、コンビニで「指の冬」をコピー。久しぶりに再読、この前半はやはり凄い。川又には、改行と逆接続詞過多のラバウルよりは、やっぱりこちらの線のSFを書いて欲しいなあ。
 午後、近所の知り合いの某事務所でややこしい打ち合わせと交渉。SFとも製造中のタイムマシンとも関係ない俗事。ああ、ボンサラ仕事の方がまだましである。
 夕方解放され、帰路、姫路の寿司屋でビール。
 風が急に涼しくなった感じである。
 午後10時、無事帰宅。

9月4日(月)
 田中康夫が長野県知事選へ出馬表明しているが……妨害工作であぶり出される女性関係が楽しみであるなあ。
 わが実家方面での前の総選挙、跡目相続のボンクラ二世が、新人に脅かされる気配になった。その新人の野外での集会に、ボンクラ側が会場上にヘリ数台を飛ばた。結果としてボンクラ側の支援者までが新人側に流れる動きが生じて、ボンクラ落選。
 田舎の利権を守る連中はなりふり構わないから、そりゃえげつないことやりまっせ。康夫ちゃんも女性を駆り出してお涙頂戴の西川きよし型でいくか、よほどひどい妨害工作(「肉体」に被害を被るとか、周辺の女性がとんでもない被害を受けるとか)で同情票が集まらない限り、きれい事では勝てないだろうなあ。ともかく田舎には想像を絶する「愚民」が圧倒的に多いのである。

9月5日(火)
 ……などと考えていたら、昨夜「田中」という人から電話があったと家人がいう。
 どの田中だ? 住所録を検索してみると17人いる。SF作家だけでも「光二」「文雄」「芳樹」「啓文」「哲弥」といる。
 以前、かんべむさしのところに「カツラです」という伝言だけあって、カツラ何なのか迷いに迷ったという話があるなあ。カツラ米朝でないのは確かだが、それ以外は誰であっても不思議でない。
 午後になって「田中啓文」と判明した。……用件は、まあそう慌てることでもあるまい。できれば8日の「筒井ワールド」公演で会うことにする。
 昼、大阪国際会議場へ行く。「ベンチャー2000」というイベント。……サミットを当て込んで作った建物にはじめて入るが、ひどいものだ。SF大会なぞ絶対にここでやってはいかんぞ。不便な上に安いメシがない。

9月6日(水)
 終日ボンサラ仕事。つまらん日である。

9月7日(木)
 秋……といっても11月かな……に出る予定の文庫のゲラが届く。
 うーん、半分以上は手書き時代の作品で、数字の表記にばらつきがあるなあ……。

9月8日(金)
 ややこしい仕事で大阪近傍うろうろしていたら、夕方、夕立に遭ってグジョグジョ。
 どうにか乾いたところで「専属料理人」と合流、梅田のHEPホールへ。
 「筒井ワールド」ファイナルの大阪公演初日。
 19時開場、19:30開演。「通いの軍隊」「陰悩録」「ヒノマル酒場」の三篇上演である。
 それぞれに面白いが、やはりなんといっても「陰悩録」の上山克彦の怪演が抜群である。
 原作が筒井作品の数多い傑作の中でも「最高傑作」のひとつ(※)であることを再確認する。
 終演後、筒井さんの楽屋へ、北野夫妻、錯乱坊、田中啓文の諸君らとドヤドヤ挨拶に寄る。
 off
 記念撮影。シャッター役は令夫人・光子様である。
 筒井さんは舞台衣装のまま阪急で御影から「通いの役者」であるらしい。
 しばらく雑談のあと、6名でかっぱ横町の酔鯨亭でビール。23時まで。

 ※「陰悩録」について。
 これは筒井作品の「最高傑作のひとつ」……傑作が多いからひとつに絞りきれないが、ベスト5には間違いなく入る傑作。
 非日常的な極限状態に追い込まれた主人公が、そこから脱出するために肉体と思考を極限まで絞りきる……という設定はSFの本質的なところにつながっている。「陰悩録」の魅力は本格SFのそれなのである。「肉体」はむろんのこと、主人公が「知恵」を極限まで絞りきっていることも原作(舞台)を知っている方ならご存じのとおり。
 ここで、自作の話。
 15年ほど前、アシモフへのオマージュで「真空漂流」(未収録)という短編を書いた。これは、慣性航行中の巨大宇宙船の内部で、想定外の事故のために、作業中だった狭い真空のタンク内で「漂流」状態に陥った宇宙飛行士の「苦闘」である。ほんの数ミリを自力で移動できない状況。(オチも書いておくと、ヘルメットの中でゲロを吐いたために、重心の位置が数ミリ移動して、助かる可能性が開ける)……自作の中では気に入っているひとつで、森下一仁さんがほめてくれたのがうれしかった。
 隠すことでもあるまい。
 これは「陰悩録」の影響下に書かれた短編なのである。
 作者本人がいうのだから間違いありません。
 英訳してもらつて本ページに掲載している
「Stranded in Space」がそれです。

9月9日(土)
 休日である。
 終日書斎に籠って仕事……のはずが、昼前後、水道工事。風呂の蛇口交換とガス点検。この部屋の風呂も台所も使用しないつもりなのだが、痛んだまま放置していると困るとのクレームがあり、最低限の使用をした方が結果として安くつく……らしい。まあトイレは使えないと困るわけだし……。
 と、意外に時間を要する。
 その間、旧型パソコンを専属料理人に払い下げるために、再インストールしていたら、動作がおかしくなって、結局ハードディスクのフォーマットから再開。夕方、筒井ワールドの「幕間」に関西メンバーが集まる可能性があるのだが、Windows98の再インストールが午後5時を挟んで1時間以上かかり、結局部屋から離れられないまま。

9月10日(日)
 終日「小部屋」でごろ寝。いかんなあ。

9月11日(月)
 月曜日はだいたいろくなことがないと決まっているが、やっぱりなあ。
 雨は結構なのだが、出勤時に下半身ビショ濡れ、運悪くこの日はなぜか空調が効いてない。
 こういう日は嫌なことが多いぞと覚悟していたら、案の定……。
 3件。まあ省略としておこう。
 雨で明日の出張予定を延期してもらう。

9月12日(火)
 東海地方が豪雨。名古屋で浸水、新幹線が止まったままである。昨夕の判断は正解であった。
 予定が変わったので、ちと時間があり、午後、地下の理髪店で散髪。……洗髪のあと鏡をみて愕然。もうほとんど桝添か西村雅彦である。嗚呼……。
 夜、カツラーになろうかしらんと専属料理人にいったら、年相応だから構わないでしょ。……別荘3軒を処分しても足りないかもしれんからなあ。

9月13日(水)
 ややこしい話ばかり継続中。
 つまらん日である。

9月14日(木)
 会社へ行くのに気が進まない。気が進まないまま午前7時に出社したら、案の定7時15分にややこしいFAXが入ってきた。嗚呼……。
 終日、気が重いボンサラ仕事。
 明日は休日であるが、滋賀の八日市市まで行かねばならないか……と覚悟をしていたら、夕刻の話し合いで、まあなんとかなりそうな気配。
 帰宅しても仕事をする気分にならない。困ったものだ。

9月15日(金)
 晴れたり曇ったり、白い秋の雲が流れたり、夕方雨が降ったり……東向きの窓から狭い空の移ろいを眺めつつ、小部屋で終日、文庫のゲラ校正。
 こういう日がつづくのも悪くないなあ……。


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