HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』129

●マッドサイエンティスト日記(1999年11月前半)


主な事件
 ・山下洋輔ニューヨーク・トリオを聴く。
 ・宇宙作家クラブの第3回大阪例会
 ・大阪シナリオ学校の「第1回ショートショート大賞」受賞者に会う。
 ・旧友「選手」に会う。
 ・川上弘美さんの紫式部文学賞授賞式。

1999年

11月1日(月)
 ホンクラ・サラリーマン略してボンサラ(イタリアではボンサーラというらしい)一見真面目に手抜き仕事。つまらん日である。

11月2日(火)
 夜、京都河原町で「専属料理人」と合流してライブハウス「RAG」へ。
 山下洋輔ニューヨーク・トリオのライブである。
 ここの入場形式は、午後6時に店の前にいた人から順に入る方式だから、若い番号を予約していても、大阪からだと前の席はまず無理。立ち見覚悟でギリギリに行ったら、入ってすぐの席に若村さんのグループがいて、同じテーブルに座れた。
 ニューヨーク・トリオは8年ぶり。不思議に大阪でのライブがなく、前に聴いたのが大阪で1991年11月21日(水)ナンバのホール。筒井さんが「朝のガスパール」連載中だった。……あと、ハチでセシル・マクビーさんとちょっと話す機会があり、スィートベイジルへ行くからといったはずが、まだ果たしていない。
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 演奏は最高。京都ではセシルの門下生に当たる、アルトのランディ・コナーズがゲスト参加。他の開場では聴けない演奏になった。

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 写真は、1ステージ後の皆さん。
 そしてゲストのランディ・コナーズさんとは97年8月26日にハチで聴いて以来2年ぶり。いっしょに梅田まであるいたのも覚えていてくれた。
 
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 1ステージ目の途中でなんとハチママが登場、お馴染みの顔ぶれになった。……それに若村さんの縁続きになるミュージカル勉強中の女子大生某嬢。姪の若村真由美をはじめ、美人の多い家系である。
 おなじテーブルには、コルシカ島で松井守男画伯の関係で、山下さんが「電子楽器」を演奏されるのを聴いたというたいへんなご夫妻も。京都は奥が深い。
 終演後、京都からの終電が早いので、23時前の阪急・急行で帰る。
 この電車、梅田に近づくに連れて、まわり、おかしな客ばっかり。化粧しつづけのネーチャン、シートで寝ているおっさん、ポマードべたべた頭を横の客の方にべたっとくっつけて寝ているおっさん、ポマード頭平気でマンガを読んでいる青年、携帯しゃべりっぱなしのチンピラ、ドア付近で座っていて十三あたりからゲロゲロしばめたサラリーマン……ひとりとしてマトモなのがいないのである。
 専属料理人曰く「おかしな人ばっかり」
 わしはSF作家であるから解説する。
 「まわりが全部おかしいと思うなら、まず自分がおかしいのではないかと疑わねばなりません。かなりベテランの作家が『おかしい、なにもかもおかしい』と書いてましたが、なにもかもおかしいなら、自分がおかしいと判断するのが正しいに決まってます」
 「そういわれれば、あなたもおかしい」
 ……それが正常な判断なのだ。
 牧伸二のフレーズが出てくるね。

  イカれた作家が 向こうから来るよ
  避けて通ろよ エスエフだから
  オヤオヤ向こうが 避けてったよ
  よく見りゃこっちは 架空戦記
  あーあーいゃんなっちゃった
  あーンアンア驚いた

11月3日(水)
 早朝の快速で播州龍野の実家書斎へ。肉体労働。
 やたらにヘリが飛ぶ。なにか事件かと思ったら、「市民祭り」とかで、市民を乗せての巡回らしい。
 夕方帰阪。

11月4日(木)
 ボンサラ、誠実に仕事。

11月5日(金)
 朝刊によれば、「雲助」裁判官・山本和人氏は「注意」されたという。叱られたわけだ。気の毒な話である。あくまでも「雲助まがい」という表現上の問題であって、「そういう輩がまま見受けられる」実態は否定されていない。タクシーが恐ろしい乗り物であるという実感は変わらないなあ。あまりにも本質を突いたために業界が吠えたというところか。
 ボンサラ、誠実に仕事。
 担当している業務のひとつを別部署に移管するために、荷物の整理と特許事務所への新任担当者紹介。
 午後、御堂筋を自転車で移動していたら、側道が大渋滞である。御堂筋に黒塗りのベンツ、センチュリー、プレジデント、クラウンその他がぎっしりと駐車していて、黒服がうろうろ。ヤクザの何かかと驚いたが、北御堂・津村別院で佐治敬三の社葬が執り行われているのであった。似たようなものか。特に感想はなし。

11月6日(土)
 休日なれど会社で昨日の残務整理。……知的財産に関する業務はわが手を離れる。「迫りくる跫音」をひしひしと実感する今日この頃である。
 午後、かんべむさし氏の事務所へ寄る。雑談1時間。
 午後4時、梅田ヒルトンプラザへ。久しぶりに宇宙作家クラブ大阪例会。「地面のない居住空間」「宇宙から見た地球」というテーマは一応あったのだが、例によって脱線気味。「ジャンケンに普遍性はあるか」という話題が出た。……以前、「月息子」というリレー落語のなかで、宇宙服を着て野球拳をやる場面を書いたことがある。負けると部品をひとつずつ外していく方式。が、よく考えてみると、宇宙服を着たままジャンケンは可能なのだろうか。今の宇宙服でチョキは無理だろう。
 結局メンバーは林譲治、うだれい、小川一水、福江純、野尻抱介、小林泰三、田中啓文、北野勇作の各氏。二次会から草上仁、田中哲弥氏が合流であった。
 午後6時にビアホールへ移動。これからが佳境なのだが、大阪シナリオ学校のエンターテインメント講座開講式と「ショートショート大賞」の表彰式があるので、僕のみ抜けなければならぬ。初参加の、うだれいさん、小川一水さんと記念撮影。小川さんの若さに驚く。

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 午後6時半からショートショートの表彰式。
 「タマゴ」という出題に応募作品は300編近くあり、迷ったあげく、下記の作品を受賞作とした。
 大賞 高木信介「マグリットの卵」
 佳作 三枝 蝋「非常卵」
 佳作 北沢兼行「卵国現代史」

 参考までに選評を掲載しておきます。作品は大阪シナリオ学校のホームページに掲載予定。
 高木さんと三枝さんが会場に来ていたので記念撮影。

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 向かって右が高木信介さん。作品からは繊細な……というよりも、神経質な感じの人を想像していたら、柔和な人柄の巨漢。鏡明に似た印象である。戯曲を書いていたことがあるとかで、基礎的な力のある人という判断は正しかったのだ。……仕事ではホームページを開設されており(その一例)、さらにお住まいが、ぼくの20年間以上の職場であった北摂の工場のすぐそばであると判明。1980年頃のぼくの日記に「池田の職場」という表記がよく出てくるが、紅葉の名所・久安寺の近くである。
 右が三枝蝋さん。「非常卵」のアイデアについて、その素晴らしさにどこまで自覚があるかちょっと疑問があった。が、これは完全にぼくの誤解であったことが判明。三枝さんはぼくのファンで、SFマガジンのバックナンバーを探してデビュー作の「イカルスの翼」までたどり着いたのだという。これには恐縮してしまった。……「非常卵」は超能力と宇宙テーマの組み合わせ。テレパシーがあると仮定して、この伝播速度が光速か超光速かという点がミソ。これが巧妙に設定されているのに感心したのである。……きちんと自覚的に使われていて、もう少しの工夫でさらによくなった作品。宇宙ものになると点が辛くなったのかもしれない。……さらに、三枝さんは「週刊小説」に何度が作品が掲載されたキャリアがあるという。
 ともに「作品」だけで知った人だが、不思議な縁を感じるなあ。
 この日は近くで「江戸川乱歩」関係の集まりがあったとかで(本日は色々な会合が錯綜しているなあ……)、途中から、芦辺拓、小森健太朗、高井信の各氏が参加。五代ゆうさんも来ていて、にぎやかな開講式になった。
 午後8時半頃まで歓談。
 あと、宇宙作家クラブの三次会会場に予定しているストローハットへ行くが、ビアホールで盛り上がっているらしく、午後9時になっても誰も来ない。今からビアホールに合流しても割り勘負けだしなあ……。と、昼から何も食べていなかったので、近所の寿司屋へ。そのまま50メートル歩くとニューサントリー5。

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 先週に引き続きニューオリンズ・ラスカルズを1.5ステージ聴く。本日はメンバー全員が揃って、本来の心安らぐニューオリンズ・サウンド。
 23時帰宅。
 色々あったが贅沢な一日であったというべきか。

11月7日(日)
 昨日の反動、張り切って机に向かうべきところ、ごろ寝、雑読。ボンクラ作家と成り下がる。

11月8日(月)
 定刻朝4時に起きて朝刊。タクの運的がモーテルの高級車のナンバーから持ち主を割り出して、興信所を装って恐喝、逮捕されている。ほれみろ。雲助まがいよりひどいのがおるじゃないか。
 ボンサラ、誠実に仕事。
 「業務移管」のために個人的フォームで作っていたデータベースを別ソフトに移植。ACCESが便利なはわかっているが、検索の慣れでカード型データベースは捨てきれないなあ。

11月9日(火)
 法務局に用事があって久しぶりに池田へ。と、すぐ近所に「インスタントラーメン発明記念館」。まだオープン前で、最後の仕上げ段階らしい。ずいぶん立派な記念館である。開館すれば一度は来てみよう。……話せば長くなるが、日清食品とは色々と縁がある。南方に住んでいた時は本社ビルがすぐ近所だった。出汁の東西分岐点について親切に教えてくださったのも日清食品である。

11月10日(水)
 名古屋の某社へ。すごい会社である。
 同行者と別れて夕方のひかりで上京。
 夜、四谷三丁目の「藩」という居酒屋で「選手」内藤くんと会う。

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 今は別の会社に勤務しているが、社会人になった時に同期入社の縁である。早稲田系に見えるが慶応ボーイである。最初の実習先である富山のど田舎にある工場で半年間いっしょだった。……時間はたっぷりあって結構なところだが、「盆踊りの稽古に出てこい」とか、つまらん行事の多いのには困った。内藤くんが「犠牲者」となって出てくれ(「寝床」上方版に出てくる森田の息子ですな)、その間、「学生時代は忙しくて書けなかった」SFが再開できて、この時書いた「イカルスの翼」がデビュー作になったのだから、恩人のひとりである。
 ちなみに「選手」というのは内藤君のニックネームであって、わが社では今でもこれで通用する。……こういう一般名詞がニックネームになるのは、その人柄がよほどいいか名称通りかに限られる。「選手」というのはむろん前者。「ミスター」というニュアンスに似ている。わが社には「青年」という青年もいた。これもいい男であった。後者の例では「ぼやき」というのがいた。あだ名の通り、ぼやき通しの男。新車を買って運転しながら、スタイルがどうのハンドリングがこうのとボヤいていて、同乗者がなぜそんな車を買ったのか不思議になったという。一説によると、新婚の時にヤリながら早くもペチャパイだのなんのと……。
 などと午後9時頃まで。
 東陽町のビジネスホテル泊。殺伐としたところである。

11月11日(木)
 午前中、この前「ホシヅルの日」があった科学技術館へ。業界関係の見本市。
 午後、虎ノ門、特許庁近くのビルへ。業界の会合。
 夕方、八重洲ブックセンターによって数冊購入。
 帰りのひかり車中で「竹中労 無頼の哀しみ」を読む。評伝ではなく、出会いから「話の特集」編集部時代のエピソードが中心。……竹中労に関して最後までわからなかった部分(日本共産党との関係)が、やっぱり「最後までわからない問題」と書かれているので、やっと、わからない部分がやっぱりこの部分だったのだと納得。わからない点がやっとわかったという不思議な納得であるが。

11月12日(金)
 ボンサラ、誠実に仕事。
 久しぶりに雨で、なんとなく気分は鬱。梅雨空のごとき秋雨のせいであろうか。
 夜から翌朝にかけて藤崎慎吾「クリスタルサイレンス」を読む。仰天。鬱気分がふっ飛ぶ。

11月13日(土)
 午後、転勤で日本列島1400キロを車で移動中の某君と会う。軽くビール。翌朝が早いというので深酒はできない。健闘を祈る。

11月14日(日)
 午後、京阪で宇治市へ。宇治文化センター。「紫式部文学賞授賞式」、受賞者は川上弘美さんで受賞作し『神様』である。
 ロビーで和服の菅浩江さんに会う。残念ながら授賞式のみの参加とか。
 会場には「育ての親」ともいうべき中央公論・平林さん、それに東京からの編集関係数氏も見える。市民文化賞の表彰もあり、会場約千人で満員である。

  
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 お役所の主催だけに紋切り型の挨拶が多く、この辺は省略させていただいて、やっぱり田辺聖子さんのスピーチが抜群に面白い。「難しいことすぐ言いたがる阿呆」という川柳を引いて、川上作品はこの対極にあるという。ははは。明快であります。
 関容子の源氏物語朗読と東儀秀樹の和楽演奏があって16:30頃まで。
 マイクロバスでパーティ会場へ移動、十数人、いっしょ。川上さん関係ばかりなので、なんと川上さん自らが、引率の先生みたいに出席をとる。
 宇治醍醐ホテルで記念パーティ。
 北野勇作夫妻、森青花さん(本年度ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞。句誌『恒信風』恐るべし、である)ご夫妻も。

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 写真は、川上さんとの記念写真、森青花ご夫妻、編集の各氏、北野勇作氏。
 北野さんたちと京阪で帰る。帰宅22時。

11月15日(月)
 新聞休刊日につき朝が手持ちぶさたである。午前7時前に出社。
 久しぶりに血圧測定、134-67と普通の値。『神様』の癒し効果であろうか。
 と、精神的にも安定していたはずが、夕方から、宇宙作家クラブのメーングリストが騒然となる。種子島でのH2−8号機の打ち上げ失敗のニュースが流れる。まず現地で取材中の笹本祐一氏から。続いて事務局からも。自爆装置を起動させたという最悪のトラブルである。……ひょっとしたら宇宙開発全体が後退しかねない論調の報道がなされるのではないかという憶測も流れる。事務局が「緊急アピール」を提案、夜遅くまでメールが飛び交う。
 翌日までの意見の集約からまとまったのが宇宙作家クラブ有志の緊急アピール
 現場の諸氏の血圧が心配である。


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