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『マッドサイエンティストの手帳』383

●マッドサイエンティスト日記(2006年9月後半)


主な事件
 ・森山 JAZZ NIGHT 2006(16日)
 ・穴蔵の日々(17〜22日)
 ・聖天山(19日)
 ・播州龍野の日常(23〜28日)
 ・上京/角川春樹事務所十周年(29日)



9月16日(土) 可児市/森山 JAZZ NIGHT
 岐阜県可児市へ向かうのであった。
 裏金で悪名高い岐阜県であるが、目的地は可児市。
 alaでの「森山 JAZZ NIGHT」……これは可児市文化芸術振興財団の主催、中日新聞の後援で、県は関係ないのであった。
 多治見のオースタットにチェックイン。
 大多線で可児に向かう。
 可児からalaまでの並木道(徒歩20分)もだんだん歩きなれてきた。
 ということで夕刻から「森山威男 JAZZ NIGHT 2006」
 お馴染みの顔ぶれが多い。
 
 終演後、ロビーで、北海道からのNさん、宮崎からテリー夫妻、地元のF先生と記念撮影。
 おなじみ大分組は飛行機のチケットまで用意していたものの、台風接近、どうしても翌日に戻らねばならぬのに帰路の欠航がほぼ確実ということで「涙の断念」となったらしい。
 オースタットに帰館。
 ロビーにいたら出演者も続々帰館。
 これからウチアゲらしい。よければいっしょにと声をかけていただいたのだが(そして面白いに決まっているのだが)もう23時前。
 田舎生活で早寝早起きが昂進して午後9時就眠が常態化している。体が持ちそうになく、フロントでグズラさんをお見送りして静かに就眠するのであった。

9月17日(日) 多治見→大阪/穴蔵
 気分よく朝5時に目が覚めた。
 7時にレストランに降りると宮崎のテリー夫妻といっしょになる。
 こちらはウチアゲ参加組。聞けば「1時半に失礼したのだが、まだ宴たけなわであった」という。明け方までかな?
 郡上八幡へ向かうというテリー夫妻と別れて、おれはまっすぐ帰館。
 朝10時半に穴蔵に戻る。
 夕刻まで粛々と雑用を片づけるのであった。
 来週の予定はまだ不透明である。
 しばらくは穴蔵待機となるか。
 10月半ばに室蘭と札幌で井上淑彦さんを加えた森山カルテットのコンサートがある。
 一方、ぶんきち夫妻は宗谷岬から札幌方面に向かって歩いている。このあたりのコースと日程がどうなるか。
 交差しそうなら、還付金だけでは足りないけど、行ってみようかなという気分になる。
 ということで、夜は専属料理人に色々並べてもらってビール、水割り。
 北海道の新じゃがでジャガバタ、これでバーボンの水割りというのがいい。北の大地を感じさせるねえ。

9月18日(月) 穴蔵
 定刻4時に目覚める。
 終日穴蔵。
 ちと偏頭痛。……気になって血圧を測ると、これは間違いではないかと思う数値。再度測るとちょっと高めかなと思う数値。うーん、高いのは間違いなさそうな。
 こんな日はおとなしくしているに限る。
 中西秀彦『活字のない印刷屋』(印刷学会出版部)を読む。感想は近日別項。
 今夜は「ミスター・ケリーズ」で鈴木孝紀さんのライブがあるはずなのだが、夕刻も状態変わらず、残念ながら見合わせる。申し訳ない。
 こういう場合、血管をアルコールで膨らませるのがいいのではないか。
 ということで、専属料理人に地味なメニュー(枝豆、揚げの焼いたの、北の大地のコロッケ、トマトサラダ、カツオの衣揚げ?、大根と揚げの煮たの、など)並べてもらってビール少量ワイン少量。
 偏頭痛は解消したようなので、本を読みながらそろそろ就眠するのである。
 定刻21時を少し過ぎてしまった。

9月19日(火) 穴蔵/日本橋/聖天山
 終日穴蔵……ともいかず。
 昼前に出かける。
 日本橋の部品屋へ行くのが主目的だが、難波を通るついでに、ヘリコニア談話室で話題になった眉村卓「エイやん」の主人公の「足取り調査」も行う。
 下寺町から学園坂を上って谷町筋まで歩くが、おれの予想とはちがっていた。
 堺筋まで戻り、ナニワネジ、シリコンハウス。
 恵美須町まで来たので、この際「現地調査」もと、阪堺電気軌道で北天下茶屋まで移動する。
 阪堺線に乗るのははじめてで、上町線みたいな路面電車と思っていたら、ちゃんとした線路であったのだ。
 天下茶屋〜聖天下〜共立通〜丸山通と歩き、聖天山に着く。
 聖天山公園には外周にホームレス氏の青テント住宅が建ち並び、野良があちこちで昼寝しているのであった。
  
 これは林譲治さんの日記ではありません。
 ここから松虫通一帯の「迷路」を抜けて、阿倍野筋に出る。
 阿倍野筋に出るとホッとする。
 「エイやん」の描写、すごくリアリティがある。
 そして、この作品に仕掛けられているトリックも見えてきたのだが、長くなるから別項に書く。
 昼過ぎであり、ここまで来たのなら新世界に降りて一杯……という気分になるが、まだ雑件あり、昼ビールというわけにはいかず。
 専属料理人に連絡して、梅田で合流、新梅田食道街の「香雅」でもりそば。
 穴蔵に戻って雑用のつづき。
 落雷で故障したパソコンの修理見積、CPU基板と電源の交換で8万なんぼといってきた。5万ちょっとで買ったもので、4万くらいかかるなもと聞いていたのだが。これが今の相場か。
 そのまま廃棄してくれといってほしげだが、DVDを入れたままだし、ハードディスクが使えるかもしれないので、返送を依頼する。
 喧嘩売られているような気分である。
 パソコンも使い捨ての時代か。

9月20日(水) 穴蔵
 終日穴蔵。少しは仕事もするのであった。
 夜、専属料理人が色々並べてくれた中で、キズシが抜群にうまいのでビールとワインの間に大吟醸を飲む。ちょっと変則的な飲み方になった。最後が鯖のなんとかパスタでワイン。
 なんでも新鮮な鯖が安かったとかで、昨日から数バージョン登場しているのである。
 キズシといえば歌之助師匠を思い出す。
 20年以上前だが、歌やんのところへ遊びに行ったらキズシを出してくれた。これがうまい。歌やんの手作りだという。
 「歌やん、器用なもんやなあ」といったら、維久子夫人が横から「ヒマなんですよ」
 これを思い出して話したところ、専属料理人のいうには、キズシには(簡単調理法もあるらしいが)ともかく時間がかかる。塩でしめてそれを洗い酢でなんとかしてと、数時間ごとのタイミングがあって、和風メニューの昨夜に間に合わなかったのだとか。
 だから「ヒマなんですよ」というコメントは確かに本質を突いていたのだ。
 なるほど歌やんの芸も五十歳まで時間をかけてやっといいサバ……じゃなかったアジが出てきたところだったのだ。
 ハンク・ジョーンズのグレート・ジャズ・トリオ。
 「ロン・カーター、トニー・ウィリアムス」「エディ・ゴメス、ジミー・コブ」「リチャード・ディヴィス、エルヴィン・ジョーンズ」版を続けて聴く。
 こちらは十分に時間がかかっているなあ。
 飲み過ぎである。

9月21日(木) 穴蔵/キャンディー浅田
 終日穴蔵。
 少しは仕事もしたいのだが、田舎方面よりややこしい電話。
 週末から行かねばならぬのだが、気が重くなってくる。
 ま、ここで書くべきことではないのだが。住民のむき出しのエゴと向かい合わねばならぬかもしれず。もと農村というのは田畑がなくなっても住民の血はどん百姓である。練馬区なんてそうじゃないか。先日歩いた「聖天下」あたり、昔はどうだったのだろう。あの「迷宮性」は「もと農道」のそれとは別と感じたが……などと、あれこれ想像していたら、なにごとにも集中ぬまま夕刻になってしまった。
 夜、晩酌後、自転車でニューサントリー5へ出かける。
 ハンク関係のCD-Rを届けるためだが、本日はキャンディー浅田の出演日。後半を聴く。
 
 キャンディー浅田(vo)、鎌田恵(p)、中村尚美(b)
 中村尚美さんは滝川さんのライブでおなじみだが、ファイブで聞くのは初めて。
 キャンディーさん、数ヶ月間に『テネシーワルツをもう一度』が出たところで、これからも数曲。
 「テネシー・ワルツ」も歌ってくれた。この曲はなんといってもパティ・ページがベースで、おれは思い入れたっぷりの絶唱型は好みではない。キャンディーの唱法も声質も、じつにおれの好みなのである。
 「ニューヨークの秋」なんて絶品。
 昼間の憂鬱な気分が晴れてくる。
 ということで、ラストまで。結局飲み過ぎ。酒気帯び自転車で深夜マイナス20分くらいに帰館。
 飲酒運転がうるさくいわれだしているから、自転車でライブに出てくるのは本日で終わりとする。

9月22日(金) 穴蔵
 終日穴蔵……のつもりであったが、明日から田舎行き、その後上京となので、チケットの手配その他で梅田界隈を素面自転車でウロウロ2時間。
 ついでに近所の医院。血圧はまあまあであった。
 たちまち夕方。
 『テネシーワルツをもう一度』を聴きながらビール。
 テレビで『スピード』やってるけど、2回目となると退屈であるなあ……。

9月23日(土) 大阪→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動。
 しばらくど田舎生活がつづくことになる。
 「せいでん」へ落雷で壊れたパソコンの引き取りに行く。
 持ち帰って、DVDドライブ横のピンホールにクリップをのばした針金を差し込んであけてみたら、中のDVDは抜き取られていた。
 DVDを入れたままだったから返送してもらったのに。
 いまさらクレームつける気力もなし。
 ネコババされたのではなく、おそらく検査の段階で抜き取って戻すのを忘れたのだと思うが。
 今回は泣き寝入りすることにするが、世に多いクレーマー諸君の気分がわからぬでもなし……。
 夕刻老母を連れて墓参。
 
 周囲の田の稲はすでに刈り取られ、彼岸花は開花寸前。稲刈りが早くなったのだなあ。昔は11月だと記憶しているが。
 山裾の墓地は夕日に映える。
 おれはここには入らないけど。

9月24日(日) 播州龍野の日常
 老母が詠んだ一首、某所に送りたいがどうかという。
 悪くはないが「死の予感」と読める。どうかなと迷うが、九月末締め切りというので、半紙に清書するのを手伝う。
 昨夕の墓参で思い出したようである。閼伽水なんて言葉を初めて知った。
 日曜である。
 タイムマシン格納庫には行かず、スペースマシンの点検のために整備工場へ行く。
 ここのキヨシくんはジャズやデジカメなど趣味が多彩で、周辺の彼岸花がきれいだと教えてくれた。SONYの大口径機種を愛用していて、ブログにも載せるという。
 ということで、おれも整備の間、近所を散策。
 彼岸花もきれいだが、裏手が竹林でなかなか風情がある。金網で仕切られていて入れない。たぶんこの辺も鹿が下りてくるのであろう。
   
 色々スナップ。
 花の写真は難しい。
 おれは密かに永野一晃さんを師匠と仰いでいて、デジタルスナップみたいなのを撮りたいのだが、なかなか師匠の芸は盗めない。歌やんなきあと、盗む機会がなくなってしまったものなあ。
 それにしても、やっぱりプロはちがう。

9月25日(月) 播州龍野の日常
 秋晴れなのであった。
 タイムマシン格納庫にて半日見張り番。
 相棒来たりて交替、午後は実家で下男(おとこし)仕事。
 日暮れが早く、18時の夕食時にはあたり暮色に包まれるのことなり。
 老母は20時に寝てしまう。
 老母の耳が遠いのはありがたくもあり。
 水割り飲みながら「リスニング・ルーム」でハンク・ジョーンズのグレート・シ゜ャズ・トリオ(ゴメス・コブ・ヴァージョン)をやや音量をあげて聴く。ゲストにヴァイオリンがいるから、厳密にはトリオではないけど。
 「ニューヨークの秋」がたまらない。やめると決めたはずが、やっぱり来月あたり行きたくなるなあ……。
 丹波哲郎氏の訃報。
 主演作では『暗殺』の清川八郎役が突出している。これが最高傑作で、したがって、おれの記憶ではそれ以前の、脇役ではなく、主役と対等に渡り合う役どころしか印象に残っていない。
 鶴田浩二と張り合った『誇り高き挑戦』、仲代達矢とチャンバラやった『切腹』、この2作がすばらしく、あとはテレビ主演の「宮本武蔵」「三匹の侍」か。
 『白昼の無頼漢』はじめ、初期の深作作品に出たのがどれも面白かったから、『仁義なき戦い』に親分のひとりとてして出ていたらユニークだったのになあと、今でも思う。
 今ごろは大霊界を悠々と歩いてはるのであろう。
 冥福をお祈りするまでもなし。

9月26日(火) 播州龍野の日常
 早朝からタイムマシン格納庫にこもる。
 昼前に一区切りつく。
 午後、図書館へ行く。
 「新潮45」という雑誌、これは一頃の「婦人公論」が昔の「夫婦生活」なんて雑誌の流れをくむエロ雑誌だったように、今や実話系雑誌の流れをくむ「猟奇雑誌」である。
 図書館も役所だから、誌面が変わったからといって急に購読打ち切りにはしにくいのであろう。
 この雑誌に、明らかに精神に変調をきたしている作家が「仔猫殺し」について「緊急手記」を寄稿している。この騒動、小説さえ面白ければ問題ないはずが、エッセイとして発表したからへんなことになった。「文芸ジャーナリズム」とか知り合いの作家が、全面的な擁護でないにせよ、「生と死に関する哲学的意味」を読みとろうと苦しい発言をしているのがどこか滑稽である。
 その点「新潮45」は格好の媒体であるなあ。
 ところで、「猫の子殺し」についてどなたか発言しているのだろうか。
 おれは子供の頃、何度か見た。母猫が生まれた子猫を殺す。単に噛み殺すのではなく食べる。外敵におびえてなのか口減らしなのかは知らない。母の説明は「口減らし」であったが、確証はない。
 詳しくは書かないが、子供の時、山吹が咲き誇る根元に子猫のナニが数個転がっているのを見て衝撃を受けた。いまでも山吹の花を見るとその光景がよみがえる。桜の花の不気味さの比ではない。
 最近……というか、この半世紀、猫の子殺しは見たことがない。猫も豊かになったのであろうか。
 いずれにしても、猫は子を殺す判断力を備えている。猫から子供の「生殺与奪権」を奪うのは猫権の侵害ではないかい。放っといたれよ。
 ※これについては、目撃例やウサギの事例、猫の子育て放棄など、ブログの方にコメントいただいた。

9月27日(水) 播州龍野の日常
 明日はやっと出所である。
 はりきって下男(おとこし)仕事を片づけるのであった。
 衣類や寝具の入れ替え。
 夏場の衣料を洗濯したら、洗濯機の水槽が雑巾を絞ったあとみたいに濁った。
 裏庭の掃除もする。
 落ち葉にもなかなか風情があるのであった。
 
 ということで、早い夕食のあと、リスニング・ルームでワイン飲みながら「枯葉」を聴く。
 滝川雅弘の「枯葉」、デフランコの「枯葉」、グラッペリの「パリの午後」。
 もっとも、色づいているのは落ち葉だけであり、紅葉はまだ先。
 本格的な紅葉は北海道であり、その北海道・旭川付近でぶんきちくんと沖縄からの犀の角さんとのコンタクトが行われたようである。
 ファースト・コンタクトの中継を見る気分である。

9月28日(木) 播州龍野→大阪
 老母を定期検診のために医院へ連れて行く。
 待合室で、今日は私の誕生日だという。おお、そうであったか。
 診察終了が昼前になったので、そのまま「そうめんの里」へ行って『庵』で1050円の「名取」膳を食す。
 おれがご馳走すると一応いったのであるが、「心にもないことを」と老母が支払ってくれたのであった。
 で……気がつけば、老母の誕生日は来月ではないか。
 医院の待合室の「28日」表示を見て、秋らしくなっていることから、10月と勘違いしたらしい。
 おれの方がボケはじめているのか。もともと他人の誕生日は覚えない方だし、家族の誕生日は手帳見ないと怪しいし、自分の誕生日も忘れることが多いし……なにしろ、誕生日だから特別のメニューという習慣は十年以上ないからなあ。
 ま、豪華な昼飯もたまにはいいか。
 午後の電車で帰阪。
 山電〜阪神の特急で帰る。
 夕刻の梅田、阪神の急行の車内で、タイガース模様の浴衣(法被ではない)姿でソース焼きそばを食べているおっさんがいる。スナップしたいが怖いのでやめた。

9月29日(金) 上京/角川春樹事務所十周年
 久しぶりに上京。
 有楽町、交通会館地下の文具店でシステム・ダイアリーの2007年予定表を購入する。毎年これを買うと秋を感じるなあ。
 山野楽器経由、東銀座から地下鉄で東京の隠れ家に着く。
 自転車で森岡浩之さんのご近所スーパーまで行って買い物。冷蔵庫の中身を補充する。深夜の宴会用なり。
 夕刻、キャピトル東急ホテルへ。
 『角川春樹事務所創立十周年祝賀会 及び 第七回小松左京賞授賞式』。
 小松賞は今回受賞作なしで、ちょっと寂しい。
 小松さんの挨拶、文学史概説を含む十数分。
 
 おれなりに要約すると、「日本には俳句という最短文学形式と源氏物語という最長編しかも女流という長い伝統があり、SFもその流れの上に開花したはずが、ひょっとしたら衰微の兆候が見られるのではないか。ゲームやネットの影響かもしれぬ。今いちど文学のもつ表現力に立ち帰った作品に期待したい」ってところか。(もう少しましな要約を期待したい)
 おれは若い作家の「文体についていけない」と感じることはままあるが、テーマに関して感心することが多い。ただ、文体が生理的に合わずに途中放棄してしまうことはある。
 もう少し読むべきか。今回の候補作は読んでみたいなと思った。
 小松師匠が……視力についてはある程度わかっているから……長編数編を読んでコメントするというのはたいしたことだと思う。
 この会、小松賞の歴代受賞者と会えるのが面白い。
 有村とおるさんと伊藤致雄さんとは「同世代」なので、色々しゃべれて楽しかった。
 今回のメインは『蒼き狼 地果て海尽きるまで』の予告イベント。
 相変わらず派手な趣向。若村麻由美の馬頭琴演奏や反町隆史の挨拶など……写真撮影は禁止なのでデジカメは封印した。
 まっすぐ隠れ家に帰館。
 「晩餐」の用意をするのであった。専属料理人が作った「煮物」なども並べる。
 深夜近くに帰ってきたボンクラ息子その1と深夜の酒盛り。

9月30日(土) 東京→大阪
 東京は涼しいなあ。
 鼻風邪をひいたようで、やたら鼻水が出る。
 月末ということで、ボンクラ息子その1は普通に出勤。
 おれもゴミの整理などして帰阪することにする。
 滞在してライブハウスとも考えたが、聴きたいのがない。
 それに「穴蔵」に籠もりたい気持ちが強い。
 ということで9時半頃に東京駅に行ったら、ホームに大きなケースを抱えた人がいる。
 なんとベーシストの小林真人さんではないか。
 そばを花岡詠二さんが通り過ぎて行った。
 小林さんとしばし雑談。これから奈良のスイング・フェスティバルだという。中村誠一さんも参加。……東京で聴きたいライブがないはずだ。
 奈良までついて行きたい気分になるが、ま、来週の神戸ジャズストリートで聴けることだから……。
 ということで穴蔵に戻る。
 ほっとするなあ。


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