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『マッドサイエンティストの手帳』304

●マッドサイエンティスト日記(2004年6月前半)


主な事件
 ・播州龍野の日々(先月よりつづく)
 ・穴蔵の日々(5日〜)

2004年

6月1日(火)
 播州龍野の標準的1日(在宅バージョン)である。
 雨があがり、涼しくなる。……というよりも蒸し暑かった昨日とちがって、肌寒いほど。室内でじっとしていると膝が冷えて、つい先日片づけたばかりの電気ストーブを出してこようかと迷うほど。
 寒がりのおれはともかく、冬に強いはずの老母までがそういうのだからなあ。
 こちらに書斎を移すとなると、よくよくの覚悟で来なければなるまい。
 夜、ナイターがつまらなぬ展開なので、母が「歌謡コンサート」に切り替えた。
 ど演歌なんて久しぶり。
 千昌夫が出てきたが、ゴルゴ13に打ち抜かれた弾痕みたいな額の黒子が消えているのはどうしたことか。観相学で借金苦の相でもあったのだろうか。ただ、カツラでないのが正直でいい。
 前川清も出てくる。
 老母「あのうしろでワーワー歌ってた人らどないしたんやろ」
 わし「一人は大阪府知事になったがな」
 老母「そやったかいなあ」
 早寝である。

6月2日(水)
 播州龍野の標準的1日(在宅バージョン)である。
 今日も午前中は肌寒く、外に出れば暖かく、夕刻は普通、夜は肌寒くなってきたので、もうそろそろ寝るのである。

6月3日(木)
 播州龍野の標準的1日(在宅バージョン)がつづく。
 夕刻、横浜から兄が来る。
 またしばらく龍野に滞在するというのだが、料理は大丈夫かいな。
 「特訓」を兼ねて、まずいっしょにスーパーへ食材の買い出しに行く。
 それぞれの食材売場と量の目安を伝授。
 帰ってから枝豆の茹で方をコーチ……というものの、枝豆は母用メニューではなかった。
 あとは適当に切ったり並べたりして、盛大にビールを飲むのであった。
 とはいえ、例によって午後8時を過ぎればすることもなし。
 寝転がって本を読んでいたら、居間の兄から「眉村さんが出ているぞ」という声。
 「アンビリバボー」という番組に「妻に捧げた1778話」が取り上げられているのであった。眉村さん本人のインタビューも。実際に積み上げられた原稿用紙を見ると、やっぱり凄いなあと実感できる。

6月4日(金)
 播州龍野の標準的1日(在宅バージョン)である。
 昼前に妹が到着して、兄妹3人揃った。
 今後のスケジュールなど打ち合わせのあと、兄の料理特訓を妹に頼んで、夕刻帰阪。
 ビール、ワインを飲むと、溜まったいてる郵便物や本を読む気力なく早寝である。

6月5日(土)
 わ、3時に目が覚めてしまった。
 郵便物に目を通し、朝まで溜まっていた新聞を読む。
 と、朝刊の時間となる。
 佐世保の小6少女殺人と年金法案の記事が大きいが、目に留まったのは「ケアマネジャー2審も無期」という記事である。
 和歌山で訪問介護先の老女を殺して預金通帳を奪った中村伸一というケアマネジャーが「控訴審でもやっぱり無期」というのだが、控訴していたのも不思議なら「無期」も不思議。軽すぎるわなあ。
 普通の強盗殺人なら、抵抗され反撃される可能性もあるが(現にタクシーの運ちゃんをナイフ持って追いかけ、反撃されて蹴り倒された女強盗が出現したばかり)、このケアマネの場合、何の抵抗力もない相手を殺しているのだ。殺さなくても金は盗れたのに。
 実際、こんなに影響の大きい事件もない。わが家も一種の被害者である。老母の今後の生活のために一応介護認定の申請はしたが、訪問介護は利用しない、どんなに負担が人的経済的に大きくても、母親がひとりの家に赤の他人に入り込まれて殺されたくはない、そのためには無理してでも肉親の誰かがそばにいることを兄妹で取り決めたのである。
 すべてのケアマネが強盗殺人予備軍というわけではない。が、殺さなくとも金を盗っていくのはいそうだしなあ。
 ともかく、ケアマネも人間、いつ強盗殺人犯に豹変するかもしれないことを世間に知らしめたのが中村伸一なのである。
 こんなことを書くと、(たぶん大部分はマジメな)ケアマネ諸氏は気を悪くされるであろう。が、それでも訪問介護は利用したくない。それほどこの事件の影響は大きいのである。恨むなら中村伸一を恨んでほしい。おれも恨んでいる。一罰百戒というのがいいのではないか。
 ……などと考えていたら、穴蔵に朝日が射し込み、8時過ぎには室温31℃になる。
 真夏の室温やがな。
 龍野とは10℃ちがう。兄にメールしたら、母はやっぱり「肌寒い」といっているらしい。
 終日穴蔵。
 体がだるいのと暑さでアタマ働かず、雑件ほとんど片づかない。
 夕刻、かんべむさし氏来穴蔵。軽くビールを飲みながら雑談。
 久しぶりにアホな話をしていたら、だいぶ気分がほぐれてくる。
 食事のメニューを考えず、料理もせずというのは、確かに気楽でいいなあ。
 ちなみに、専属料理人が作った本日の夕食メニュー。
 冷やヤッコ、タコの刺身、牛肉炒+大根おろし、水菜と揚げの煮浸し、トマト・ブロッコリ・インゲン豆のサラダを並べてビール。

6月6日(日)
 朝から小雨。どうやら梅雨入りらしい。
 終日穴蔵。
 体がだるくて、出歩く気分にならない。気分も梅雨空のごとく……。

6月7日(月)
 平日に出向かねばならぬ雑用が溜まっているのであった。
 朝から市内をウロウロ。
 10日ほどいなかっただけなのに、閉店や改装がやたら目立つ。コンビニと外食チェーンが目立つが、銀行も。特に旭屋となりのみずほ銀行はどこかへ移転したのであろうか。大がかりな工事中である。確か数千円残っている通帳があったはずだが。パソコン関係のポイントカードはマメにチェックするのに預金に無頓着なのはいかんなあ。
 午後は室温30℃の穴蔵に籠もる。
 湿度さえ低ければ、おれには適温なのだが……。

6月8日(火)
 わ、2時に目が覚めてしまった。
 蒸し暑くて寝られない。
 新書で『素晴らしき自転車の旅』というのを読む。脚力が衰えているのは確かだし、専属料理人からバイクは禁止されているし、もう少し本格的に自転車に乗ってみたい気分になったからである。
 前半面白く、本格的なスポーツサイクルに変えようかという気分になるが、読み終えて、結局スポーツサイクルの導入はやめることにする。記述が良心的なだけに、相当危険なスポーツであることもよーくわかったからである。この年齢で転倒したら(それも相当危険な姿勢で顔面にダメージを受けるようである)、もうママチャリにも乗れない可能性が高い。老母の骨折を見ているところだしなあ。他にまだ色々やりたいことがあるのに、そちらもできなくなる。普通のママチャリで大阪市内を徘徊しているのが無難であるな……ということで、これはなかなか良心的な啓蒙書であると思う。
 ほぼ終日雨。
 自転車で出かけたい用事なきにしもあらずだが、終日穴蔵。
 夕刻雨はやむが、金星の太陽面通過の観測は期待するべくもなし。

6月9日(水)
 わ、1時半に目が覚めてしまった。
 不眠症かと心配になるが、昼間穴蔵で過ごした場合、本を読んでいて(目の疲れもあって)眠くなることが多く、断続的な昼寝時間が多くなっているらしい。
 テレビで三橋達也追悼『国際秘密警察・火薬の樽』をやっているので見る。関沢新一の脚本で、このシリーズでは出来のいい方だが、アクション・シーンにしまりがないなあ。……ただ、最後の新幹線の扱いはなかなか予見的である。
 しかし、三橋達也追悼なら岡本喜八の『地獄の饗宴』を放送してほしかったところだなあ。これだけはビデオでもDVDでも見られない。この作品、もう一度見たい喜八作品のトップなのである。
 引き続き、ジャパネット・タカタ、4時からNNN24をボケーと見ていたら、もう夜明けである。
 ほぼ終日穴蔵。少しは仕事もするのであった。

6月10日(木)
 わ、2時半に目が覚めてしまった。
 どうもここ数日、起床時間が午前3時の壁を越えられない。
 出歩く時間が減っているからか。
 本日も終日穴蔵。
 昼間、現金書留で大金が届く。わあ嬉し、と開けてみると『桂歌之助』○冊も注文である。歌さんの母校・大手前高校のOB氏。同窓会で船を借り切っての大がかりなクルーズがあり、ここで歌さんが母校OBを前に落語をやったのが「最後の入院」の1月ほど前。それだけに主催者諸氏にも思うところ多いらしく、クチコミでずいぶん協力いただいた。……が、もう在庫はゼロ。編集委員に連絡、保存用に複数冊購入いただいた分を回してもらうことにするが、全部に対応するのは無理である。
 CD−R版を検討するべき時期かなあ。

6月11日(金)
 わ、やっぱり3時前に目が覚める。
 一度不健康な夜更かしをして生活のリズムを崩した方がよさそうだな。
 朝4時20分に雨が降り出して、たちまち本格的な降雨になる。
 出かける用のある日に限って雨が本格的だ。
 ボンクラ・サラリーマン諸氏の通勤ラッシュが終わってから、地下鉄で市内ウロウロ。
 昼過ぎに本町、「歌コ本」編集委員のひとり・小牟田さんの事務所に寄る。
 『桂歌之助』最後の最後の保存分を受け取り、その場で荷造り、船場郵便局から発送。
 ちょっと寂寥感に襲われるのであった。
 で、郵便局の西側に讃岐うどんセルフ店ができているのを発見、ここで昼飯。
 もう忘れている人が多いが、このビル、オウムの大阪本部が入っていたビルで、事件当時は大騒ぎであった。連日、前にパトカーが止まっていて、近寄れる雰囲気ではなかった。
 そこの讃岐うどんはいかに。……決して誉められる味ではなかった。
 心斎橋まで歩くが、膝がものすごく疲れる。脚が弱っているなあ。丸善、CDショップなど覗いてから、地下鉄で穴蔵に帰館。
 夕刻、電話とメールがちょっと錯綜。
 慌ててフィルム・カメラを出してきて調整……とっくに電池が切れている。お役所提出用の写真はデジカメではダメといってきた(画像の修正を防止するということらしい)のだが、区別がつくのかねえ。ネガも添付のことといわれるやもしれず、コンパクト・カメラでマル秘部品を接写。ファインダーの視野とだいぶズレていそうだし、ピントもボケているような気もする。
 おれの一眼レフ(ペンタックスLX)とレンズ一式はボンクラ息子その1が東京へ持っていったまま。フィルムカメラはもう使うことあるまい、わしが死んだら形見にしていいからと貸与している。こんな不便な事態が起こるとはなあ……。

6月12日(土)
 わ、まだ11日の23時30分に目が覚めてしまった。3時間も寝てないから、こりゃ明らかに不眠だ。あまり飲まなかったからか。やっぱり不健全な夜更かしをする必要があるなあ。
 ボケたアタマで『蹴りたい田中』を読んでいたらますます眠れなくなる。
 2時半頃に、久しぶりに自転車で暁闇の梅田散策……金曜の夜のわりに酔っぱらったアホは期待に反して少ない。梅雨時はこんなものか。旭屋の隣り、旧みずほ銀行のあとは東京スター銀行?になるのか、突貫工事中で、ここだけが明るい。小雨が降り出したので「早朝グルメ」はやめて、まっすぐ帰宅。
 終日穴蔵。
 何か読み出すと眠くなり、仕事の効率は悪い。
 夜更かしする必要もあって、夜は久しぶりにニューサントリーファイブへ。
 本日のニューオリンズ・ラスカルズ、トランペットの志賀さんに替わってマホガニーホール・ストンパーズのコルネット、ピンカラ・高居さんがトラで参加である。真っ黒に日焼けした顔がますますニューオリンズ風になってきた。
 off
 2、3ステージを聴く。レイ・チャールズ追悼で誰かがリクエストしたらしい「ジョージア・オン・マイ・マインド」、木村陽一さんのヴォーカルもいいが、福田恒民のトロンボーンが本家以上に泣かせる。
 最終、23時まで。まっすぐ帰宅23時15分。ああ眠い。

6月13日(日)
 わ、目覚めれば5時20分である。
 夜更かしはするものだなあ。
 気分爽快、快晴でもあるので、朝から穴蔵の大掃除。
 少し風が強いが、年に数日あるなしの快晴である。
 あまりにも天気がいいので、夕刻に近くなった午後、自転車で淀川堤防を長柄、毛馬、城東貨物線、城北公園まで走る。
 六甲から生駒山系まできれいに見渡せる。
 気分がよくて、思わず歌が出ちゃうね、「ダウン・バイ・ザ・リバーサイド」なんて……と、これは杉浦茂先生のフレーズである。
 off off
 長距離走ると尻が痛くなってくる。やっぱり本格的なスポーツサイクルがほしくなるなあ。淀川堤までは自宅から2分、ここから(たぶん)枚方まではノンストップで走れるはずだから、サイクリング環境としては申し分ないのだが。
 夜のビールがうまい。
 さあ明日からまたしばらく播州龍野行きである。

6月14日(月)
 早朝の電車で播州龍野の実家に移動。
 兄と「見張り役」を交替する。
 またしばらく平坦な日々。

6月15日(火)
 播州龍野の標準的1日(在宅バージョン)。
 ケアマネなる人と市役所の介護保険課へ行く。
 窓口の若造、きわめて生意気。ケアマネの仕事というのを初めてそばで見たが、お役人様にひどくへつらっている印象を受ける。仕事を頂戴する立場だからか。ケアマネというお仕事、ちょっと調べてみることにしよう。介護SFを書くわけじゃないけどね。
 腹を立てて席を立ったのでは○万円の損になるのだし(工務店が無知で手続きにミスがあったのは事実でもあるし)、半日かけて「資料」を作り直し、極めて高度なテクニックを使用、おれの標準的日当を上回る金額を取り戻せたのだからよしとしなければ。


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