HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』241

●マッドサイエンティスト日記(2002年6月後半)


主な事件
 ・ニューオリンズ・キャッツの日曜ライブ(16日)
 ・旧NULLメンバーを老人ホームに訪ねる(17日)
 ・滝川雅弘ライブ+道頓堀ダイブ(18日)
 ・「カンディンスキー展」(21日)
 ・宝国寺で「タイムドメイン」を聴く(23日)
 ・村井康司『ジャズ喫茶に花束を』(25日)
 ・ハチ・ライブ(27日)
 ・『Jazz Party at Mahogany Hall』(29日)

2002年

6月16日(日)
 午後、梅田、ニューサントリー・ファイブへ。日曜の午後、ここを借り切りにしての「HOT JAZZ LIVE」……ODJCと東京のNOJSの交流ライブとでもいうべきか。出演は、ニューオリンズ・ラスカルズとの混成バンド「河合良一とニューオリンズキャッツ」のライブである。
 昼間のニューサントリーファイブ、満員の盛況である。
 東京からラグピッカーズの加藤晋一(tp)東海林幹雄(p)、90ウェストの早房長隆(tb)これにラスカルズの河合良一(cl)川合純一(bj)石田信雄(b)木村陽一(ds)の編成で、約1時間のステージを2回。
 後ろの方の席、だんだんと西日が射し込んできてビールがうまい。まさにHOT JAZZである。
 off off
 トロンボーンの早房長隆さん、かんべむさしにそっくりなのに驚く。ヒゲをたくわえてはって、口元は違うのだが、トロンボーンを吹いている姿はかんべむさしとしか思えない。なんたって「ハヤブサ」という名前が凄いではないか。
 心身相関の原理(顔が似ている奴はやることも似ている)から、たとえばスパイク・ジョーンズみたいなドタバタ・ジャズかというと、そうではなかった。きわめて正統派のニューオリンズ・スタイル。
 SF作家のそくっりバンドというのが作れるのではないかなどと想像する。
 花岡詠二カルテットのヴァイブ・出口辰治は野尻抱介によく似ている。
 名前失念したが大阪には牧野修そっくりのピアニストがいる。
 岸ミツアキ・トリオのギター、田辺充邦は米田裕と雰囲気が似ている。
 田中啓文はまあそのまま吹ける。
 ベース、ドラムがいないか……。
 ……などと愚考しつつ夕方まで。

6月17日(月)
 昼過ぎに右原彰子さんが奈良から近所まで来た。ぼくと同年で少し若い……旧「NULL」の最年少会員だった人である。ぼくが大阪に出てきてしばらくしてから奈良に戻ってしまったから、たぶん会うのは35、6年ぶり!である。
 いっしょに、わが穴蔵から歩いて10分ちょっとの某老人ホームへ。ここに住んでいる、同じくNULLメンバーであった川崎恭子さんを訪ねる。川崎恭子さんはNULLに宇宙SFを書いている人で(当時、本格SFを書く女性といえば、川崎さんと、熊本の光波燿子さんくらいではなかったか)、推定年齢は米朝師匠くらいか。川崎さんとも30年以上会っていない。近所にこられてもう9年になることが判明。……右原さんと川崎さんはその後も「いたりきたり」のつき合いであったという。
 右原さんの元気さは変わらないし、川崎さんは、脚が少し悪いが、耳はよく、頭脳は明晰、記憶力もいい。……右原さんのおみやげが「ハドリー・チェイスの文庫10冊」というのが凄い。「そんな血なまぐさいのが趣味なんですか?!」と驚いたのだが、チェィス程度は血なまぐさいというレベルではないそうな。もっとも、SFは離れていて、いちばん好きなのはディック・フランシスという。精神的には若いなあ。
 off
 夕方まで雑談。ふたりともあきれるほどよく本を読んでいる。
 老人ホームの実態を色々と見聞。「若い」のほどエゴが強くわがままらしい。内部もちょっと見学。暗い気分になるなあ。……あまりに頭脳明晰だと、こういう場所では孤立してしまうらしい。

6月18日(火)
 終日穴蔵。
 午後、またも時々嬌声が聞こえる。あ、サッカーの決勝トーナメントで、日本〜トルコ戦の日であったのだ。結局日本が負けたようである。
 昨日の川崎さんの話で、運動不足を反省、本日は自転車で「夜を走る」ことにした。
午後8時前に自転車で出かける。雨があがって、涼しく、いい気温になった。梅田→天満→谷町筋を南下→谷九へ。
 SUBで滝川雅弘定期ライブ。
 W杯でガラガラかと予想していたら、さすがに滝川ファンはちがうなあ。だいたいいつもの顔ぶれは揃っている。……なんと谷口英治クラ教室の三田さんが客席に。単身赴任で大阪勤務なのだそうである。
 off off
 本日、滝川さんは、新しいクラリネット(ヤマハのエイジ・モデル)を使用である。まだ完全には馴染んでいない印象。だが、かえって新鮮である。
 「Love for sale」も……これ、本当に初演だという。
 例によって23時まで。
 本日、自転車なので日本橋への坂道をノンストップで下ってでミナミへ。「道頓堀ダイブ」を見物である。日本が負けたらしいから静かなと思っていたら、23時半、まだ続々と飛び込んでいる。太左衛門橋から戎橋を見物、10秒をあけずに水しぶきがあがる。昨年見逃した獅子座流星群を見る思いである。西の空、ヒッカケ橋上空に下弦の月。……自転車を置いて近所まで行く。が、騒ぎは戎橋の上だけで、それも橋の内側のみ。飛び込みにも、もはや歓声はあがらない。周囲は普通の人通りで、カニ道楽の前に「おまわり」が50人ほど整列待機しているのが不気味だ。  
off
 深夜の御堂筋を北上。
 と、昔の勤務先近く、本町で東側測道封鎖。テレビカメラが待機している。カメラの兄ちゃんに訊くと、夕方、あさひ銀行のATMコーナーが爆破されたのだという。パソコンショップ・αランドの北隣、というか、同じビルの一角、よく通っていた場所である。
 現場検証は明日らしく、しばらく見物のあとまた北上、帰宅は0時を過ぎた。

6月19日(水)
 終日穴蔵。
 夕刊によれば昨夜の道頓堀ダイブは930人(たぶん消防局発表)で「過去最高」という。これは明け方までの数字。
 が、銀行ロビーで見た週刊朝日によれば、6月14日夜から15日未明にかけての飛び込み数は、
 消防局調べ …… 900人
 週刊朝日調べ……3000人
という。
 ということは、昨夜の数字を朝日の推計で修正すれば、3100人くらいか。
 本日のテレビのニュースは鈴木宗男逮捕の実況中継ばかりになった。
 困ったものだ。
 おれはサッカーもサッカー・ファンも毛嫌いしているわけではない。報道がサッカー一色になってしまうのが嫌なのである。日本負ければ、たちまちムネオ一色。これがいかんのである。ま、テレビは見なければいいのだけど。

6月20日(木)
 久しぶりに雨である。
 夕刻から久しぶりに某タクマの顧問……というよりも30年来のジャズファン仲間である若村さんと恒例の早め暑気払い。いつもだとかんべ氏とウチの専属料理人がいっしょだが、ともに体調不良。替わりにというか、うら若き女性おふたり、坪田さんと扇野さんが参加。イカやヒラメが舞い踊るプールみたいな生け簀のある店でビール。
 off
 ……この店のあるビルは、上階に某組事務所があって、20年近く前に銃撃事件がなかったっけ。
 鰺のなめろうが旨い。
 緊張しつつビールを飲んでいたら、酔っぱらってきて、今度は目の前の生け簀に飛び込みたくなってきた。やばいなあ。ミナミのアホが伝染しとるのかな。道頓堀よりはずっときれいだし、旨そうだし……。
 あと、若村さんとふたりで久しぶりにハチで水割り。最近、明利マスターが最近クラリネットLPを揃えだしていて、まったく知らなかったのを数枚聴かせてもらう。

6月21日(金)
 朝から所用あって京都へ。
 通勤ラッシュより少し早いが、やっぱり列を作っての席取りゲームは疲労する。
 昼前に終わったので、ついでに岡崎の国立近代美術館に寄って「カンディンスキー展」を見る。となりの京都市美術館では「シャガール展」。大阪の狂騒とはえらいちがいだ。
 off
 「カンディンスキー展」は1900〜1920年頃の、具象から抽象への移行期にしぼった展示で、なるほど「理屈」はよくわかる。ぼくには「コンポジション」前の特異な風景画の方が面白い。
 帰りの電車で、書評で評判のいい、谷口英久『一円大王』を読むが、期待はずれ。面白いのは3篇ほど。最初に科した3つの制約をはなから破っているのが多すぎる。破ってもいいのだが、展開が読めてしまうのが多い。雑誌のコラムでは面白いが、一冊で一気に読むべきものじゃないのかな。

6月22日(土)
 終日穴蔵。
 ATM爆破のニュース報道が不思議だ。ガソリン巻いて、電動ドリルで引火したらしいというのだが、それなら「犯人」は内部にいた人間に限定されてしまうのではないか。単純明快。捜査側が密室ミステリー読み過ぎで複雑に考えすぎているのではないか。

6月23日(日)
 夕方に近い午後、専属料理人に「お弁当」を作ってもらって和泉府中の宝国寺へ。
 南方慶照さんのスタジオで所蔵のライブテープなどを聴く会である。
 料理やお酒を持ち寄っての宴会で、これは石毛直道先生主催の「花見会」と同じ方式。
 17時ちょっと前に着くと、喪服の人が目立つ。つい先ほどまで下の本堂で葬儀だったようである。ま、予定外の葬式だな。
 本堂上のスタジオへ上がると、すでに数人が音をしぼってライブテープを流している。……せっかくだからニューオリンズ・スタイルの葬式にすればよかったのになどと愚考する。
 葬儀が片づくまで、新しく設置された「タイムドメイン社」の筒型スピーカーでCDを聴く。……1メートルほどのバズーカ砲というか、水洗化前の便所の「臭気筒」みたいな格好のスピーカーで、振動板は直径5センチほどのが筒の先に上向きで取り付けてある。
 この響きが凄い。ベースなどブンと低音が響くのではなく、バチンと弦が弾かれる音、指の擦過音までが再現される。この会のメンバー数人がまとめて購入したそうである。
off
 午後6時頃から車座になって本格的酒盛り。滝川さんの10年ほど前のも聴くが……うーん、「滝川さんはある時から急に凄くなった」という証言を裏づけるような。
 泉南の人が多く、夜中までつづくようだが、遠方の小生のみ、午後9時過ぎに失礼する。

6月24日(月)
 梅雨らしい雨である。こんな日に限ってアチコチ出向かなければならぬ用事が重なる。
 夕刻、来阪の兄と梅田で会う。
 ヤキトリ屋から、久しぶりにハチへ。
 話題がジャズのことになった時、兄が、最近試聴した新理論にもとずく再生装置は凄いと絶賛しはじめた。え、そりゃ昨日宝国寺で聴いた「タイムドメイン」の臭気筒形のスピーカーじゃあーりませんか? 「そうや」……富士通が卵形のを出しているとか。
 詳しくは生駒市のタイムドメイン社が開発したyoshii-modelである。
 わが兄は長年、移動体通信(携帯電話)部門で仕事をしてきたが、入社後に配属されたのは音響部門だった。それだけに音楽も好きだが「音響」への関心が強い。
 「そんならふだんは何で聴いているねん」「家ではヘッドフォンで聴く」……へーえっ。
 話を聞いていると、タイムドメインを導入したくなるが、録音の優劣がはっきりするから、コレクションの何割かは聴くに耐えないものになるという難点もありそうな。
 わしゃ、家庭では、まあ飲みながら適当な音で聴いていればいいのである。聴きたい時は宝国寺の世話になるか。

6月25日(火)
 雨である。梅雨寒で室温25℃。ガラス戸は閉めて、終日穴蔵。
 村井康司さんの新著『ジャズ喫茶に花束を』(河出書房新社)を読む。
off
 これはもう村井康司さんのインタビューのうまさに尽きる。ジャズ喫茶店主というのは個性が強いが、訊き方も話題の振り方も柔軟にして変幻自在、それぞれの個性を浮かび上がらせて、思わず現場に同席したくなるような面白さである。
 同時に、消えていったジャズ喫茶の店主はどうしているのかなとも想像する。いわば、本書は「勝ち組」(というよりもどうにか生き延びている人たち)のインタビュー集。個性も強いが、それなりに「経営」ということも考えている優秀な人たちである。
 70年代……まだ高度成長期の末期、オイルショック前……サラリーマンになるのが嫌で、趣味の延長で気楽にやっていたモラトリアム店主が結構いたからなあ。こんな店は概してつまらなかった。

6月26日(水)
 『ジャズ喫茶に花束を』が面白かったので、昼間、出かけたついでに「ハチ」の喫茶タイムに寄る。昼間はハチママが元気にやっている。……最近充実してきたデフランコのヴァーヴ盤を何枚か聴かせてもらうつもりだったのが、ハチママ「堀ちゃん、ちょっとちょっと」とテーブル席に連れて行かれて、ハチママのライブ約1時間、まあ、これはこれで面白いのだけど。

6月27日(木)
 午前中、浮世の義理で某社の「株主総会」に顔を出す。
 別に心配するような事態ではなかろうが。わしゃ、気分的には「紙屑同然」にした某社の某谷(飛某だったかな?)を罵りたい気分なのだが。
 なんてことなく、昼前に帰宅。
 ……本日は東京で推理作家協会賞受賞式なのだが、こんなつまらんことで上京中止である。山田正紀さん、申し訳ない。『ミステリ・オペラ』受賞おめでとうございます。
 夜、自転車でハチへ。
 フルートの佐藤英信くん中心に、クラの鈴木孝紀くんも入ってライブをやると聞いたので、内輪のライブと思って行ったら、なんと満員、1ステージ目は後ろの方で立ち見である。人気があるんだなあ。
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 「ブルートレイン」「処女航海」などモダンなナンバー中心。……フルートとクラリネットという組み合わせは、40年以上前! 鈴木章治と松本英彦の組み合わせで「鈴懸の経」を聴いて以来である。が、この組み合わせ、意外にいい。
 佐藤くんは阪急少年音楽隊出身で、昔から音色はすごくいい。鈴木くんも、スローな曲の情感がよく出るようになっている印象。このコンビは続けてほしいなと思う。

6月28日(金)
 朝から市内数ヶ所ウロウロ。
 あとは終日穴蔵。
 ATM爆破犯、やっと「怪しい警備員」について報道。まあなあ。どうにかまともな報道に戻った印象。
 タイガースも定位置に近づきつつあるようだし、ま、サッカーが終わって、世の中、沈静化しつつあるようである。……あ、W杯はまだ決勝戦があったっけ。

6月29日(土)
 午後、心斎橋のマホガニーホールへ。ここはニューオリンズ・ラスカルズの河合良一さんの個人ホール、ニューオリンズ・ジャズの聖地でもある。
 久しぶりの『Jazz Party at Mahogany Hall』
 ゲストに東京から後藤雅広(cl)と後藤千香(p)。後藤さんは20数年、デキシー・セインツのクラリネットというから、ずっと前に聴いたことがあるかもしれない。
 他にサウスサイドの吉川裕之(cl)池田公信(cor)藤森省二(p)も参加、それにバズーカ砲みたいなバスサックスを抱えたPaul Fleisherさん。
 これにラスカルズとレッドビーンズのピックアップ・メンバーと、色々な組み合わせで3時間ほどのライブ。
 off
 それぞれに音色の違うクラ3本というのが何よりも嬉しい。
 あと、竹葉亭→ニューサントリー5という豪華なコースがあるのだが、本日は某シナリオ学校「専科」の講義の日なのでビールも控える。
 18時、天満へ。
 本日、日本SF新人賞受賞、『マーブル騒動記』(徳間書店)が出たばかりの井上剛さんがゲストで来てくれたので、後半はコンテスト体験も含めて話してもらう。
 井上さんの創作法もユニークで、ぼくの話よりもこちらが参考になったのではないか。井上さんの取材力もなかなかだが、「自己批評」能力が凄くて、妙に感心してしまう。つまり弱点も隘路にも自覚的なのである。
 「本科」の講師が芦辺拓さんの日だったので、あとで近くの中華屋で合流、30人近い会になった。こちらではSFマガジン創刊前の「現代SF」が話題。芦辺さんがやろうとしている分野は一種の「レトロSF」みたいなものになるのだろうか。ついでに「本格ミステリーとしての米朝落語」という面白い話になるが、これは芦辺さんの専門領域なので略。帰宅は22時半になった。

6月30日(日)
 終日穴蔵。
 6月……ちょっとライブの聴きすぎであろうか。
 「よく聴きに行くわね」と、体調いまひとつだった専属料理人がチクリと皮肉をいう。特にマホガニーホールへは行きたかったらしい。
 ま、世間がサッカーに浮かれたひと月であったのだから、わしがジャズに浮かれてリキュールで更ける月であってもいいではないか。
 ということで、夜は世間並みに、ビールを飲みながらW杯決勝戦を専属料理人といっしょにテレビ観戦。
 やっぱり退屈。世の中には熱狂できないものというのはあるのである。
 ブラジルが勝った。
 最終戦、天気予報は雨だったはず。「七人の侍」みたいに、最後は豪雨の中の決戦と期待していたのだが……。
 カラッとしてるぞ。
「おい、このヨコハマの会場、ドームなのか?」
「さあ……」
 まあ、そんなものである。


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