『マッドサイエンティストの手帳』856

●マッドサイエンティスト日記(2025年7月前半)


主な事件
 ・穴蔵の日々
 ・ジョージ・ルイス生誕125年(6日)

 ・小林信彦『虚栄の市 汚れた土地 冬の神話』(国書刊行会)


7月1日(火) 穴蔵
 晴。世間は真夏日・猛暑日らしいが、体感的には普通。
 穴蔵にて扇風機の風に吹かれておれば快適なり。
「波」7月号の書籍広告で、国書刊行会から『伊藤典夫評論集成』と並んで小林信彦『虚栄の市 汚れた土地 冬の神話』が出ているのに気づく。
 午後、ジュンク堂に行ってみると、本棚に並んでいた。さっそくゲット。
 3作品とも初版が手元にあるが、だいぶボロ本化しているからな。
 国書刊行会恐るべし。あとはアルジス・バドリス『無頼の月』を待つばかり。

小林信彦『虚栄の市 汚れた土地 冬の神話』(国書刊行会)
 副題は「小林信彦初期長篇集成」……3長篇の合本である。
  *
 3作品とも初版(1960年代)で読み、今も手元にあって時々読み返しているので、今さら感想など書くこともないが、ここでは『汚れた土地』についてだけ。
 これは絶版(作者が封印)だったため、手元の本は稀覯本であり、それを自慢できなくなるのは残念だが、読書家のためには何よりである。
 作者の横浜時代(米軍用賃貸ハウスの会社勤務)の体験をベースにした「ピカレスク」だが、封印された理由は「これはピカレスクとはいえない」という批評にあったようだ。ただ「我がぴかれすく」と副題がついており、あとがきに「およそ、颯爽としない。欲求不満の悪党、幻滅したピカレスク小説」とあるとおりで、これは封印の理由にはならないと思う。
「小悪党」たちが経営する会社で「私」は翻弄されるが、確かに主人公は積極的に行動しない。ただ、舞台は米軍ハウスやPXで、そこに住むメイドや二世(まがいの若者)など、脇役?が面白い。アメリカ文化に憧れながら、そこにあるのは奇妙な似非アメリカ文化である。軍人家族とともにアメリカに渡る夢をもつメイドや、米国歌手のものまねがうまい日本青年などとの交流が描かれ、やがて夢は幻滅に変わっていく。これはアメリカ文化に憧れた世代の「青春小説」の傑作だ……というのがわが60年前の感想で、それは今も変わらない。
(ついでながら、自分の好きな「ジャンル形式」に体験を押し込むという方法をこの作品で学んだ気がする。書いたSFはまったく別物だが。)
 この3作品については「聖地巡礼」も行っている。
 SF以外での舞台訪問は、荷風(主に東京)と小林信彦(3作品。和菓子屋跡などは行ってない)だけである。
・「虚栄の市」の舞台、葉山の長者ヶ崎には2012年8月9日に行った。
 1時間ほどうろうろ。モデルの「別荘」は特定できなかった。昼に寄った蕎麦屋は山下洋輔さんご贔屓の「如雪庵一色」である(ご主人が亡くなられ、今は閉店)。ついでに横浜の矢口台も再訪している。
・「汚れた土地」の舞台は横浜の矢口台で1997年11月6日に行った。この日は午前中に磯子の「電源開発発電所」で排煙脱硫装置のダクト内を見学させてもらい、午後に矢口台を歩いている。ハウス群の跡地はたぶん今の広いテニスコートだろう。当時の雰囲気を残すのは数棟の木造ハウスだけであった。
・「冬の神話」の舞台、埼玉県名栗村へは1980年(だったと思う)東京の知人に頼んでクルマで訪問した。写真撮ったはずだが見当たらない。道路が(たぶん拡張されて)広く、疎開地の雰囲気はもうなかった。寺の名は楞厳寺(りょうごんじ)という。今google-mapで見ても、温泉施設のある静かな村である。

7月2日(水) 穴蔵
 晴。本日も世間は真夏日・猛暑日らしいが、体感的には普通。
 終日穴蔵で扇風機。
・午後、BSでイーストウッド『目撃』(1997)を見るが、地震速報(トカラ列島)のテロップがやたら入るので、途中で切って午睡。ちょっと面白そうであったが。
 たちまち夕刻。
・夕食時、家人が見るのでナイターを流してたら、西播地方にやたら大雨・洪水警報のテロップが出る。たつの市に「記録的短時間大雨」……1時間120ミリ以上降っているらしい。慌てて揖保川の河川カメラを見るが、増水している気配はなし。面白くなるのはこれからか。
 播州龍野に4,5日滞在すべきであった。

7月3日(木) 穴蔵
 晴……というより薄曇か。朝、強い直射がないから暑さは感じず。
 終日穴蔵にて読書、午睡、空しく一日を送る。
 本日、参院選公示、またしばらくうるさいことよ。
 もっとも、隣りの市営住宅は昨年から廃墟だし、前の公園は半分が工事塀で囲われているから、某政党の選挙カーが来る心配はないか。
 たちまち夕刻。
 田中啓文さんの『警視庁地下割烹』シリーズの「取調室のカツ丼」を読んで、久しぶりにカツ丼が食べたいと思ってたら、夕食にトンカツが出てきた!
  *
 ……と思ったら、豚の薄切りにミルフィーユとかを挟んでなんたらとか、講釈が多いが、トンカツとは別メニューである。
 要するに、手間はかかるが、ロースやヒレ肉よりだいぶ安いということらしい。
 なかなか結構な。他に数皿。自白はしないが、飲みたくなってしまうではないか。

7月4日(金) 穴蔵
 晴。終日穴蔵にて読書、午睡、空しく一日を送る。こればっかり。
 高齋正氏の訃報
 公式発表?がないので戸惑ったが、夕刻にご遺族のハガキなど確認。
 6月28日に入院先で亡くなられた(2023年11月から入院生活だったらしい)。
 思い出すことが多い。
 なにしろ、最初にお目にかかったのが1962年8月の「関西SFの集い」。東京から来られた数人のひとり。つまり、その後長年に渡ってお世話になるSF作家のおひとりである。当時は高忠の名で宇宙塵に書かれていた(コラムはHi-Fi名、これは高忠音のシャレだろう)。
 高齋さんは1971年8月13日(金)に結婚。この日は「13日の金曜日」「仏滅」「盆の入り」「火星大接近」が重なって、都内で唯一の結婚式といわれた(日本で唯一だった可能性が高い)。だいぶ前から結婚式はこの日と決められていたようだ。
 高齋さんは自動車レース小説で知られるが、もっと広く「メカニズムSF」とでもいうべき独自のジャンルで、カメラや飛行船など、領域は広かった。
 じつは最近も昔の短編が気になって、一度連絡をとりたいなと思っていたところだった。
 ついでだから、そのことも書いておこう。
 SFアドベンチャー(79年春季号/創刊号)の「UFOとディーゼル」という短編である(どこかに収録それているのかな?)
 SF作家のバス旅行の車中で、作者と南山さんがモデルらしい人物が、UFOの目撃情報をディーゼルエンジンの原理をベースに分析する。ラストで本当にUFOが現れるオチがついている。
 この短篇は1月始めに編集部に渡されていた。この後、1月下旬にバス旅行があり、その時にUFOらしきもの?を目撃した。それで編集部が末尾に「SF作家の予見力、あな恐ろしや。」と注記した。
 この作品が原因?のひとつではないか、最近「SF作家が空飛ぶ円盤を目撃したらしい」などという風説を耳にしたのである。
 SF作家が「空飛ぶ円盤」なんて死語を使うはずがないのだが、事実を正確にしておいた方がいいのではないか。
 このバス旅行には小生も参加している。1979年1月27日(土)夕刻で、大伴昌司氏7回忌の墓参のあと、バスで熱海に向かっていた。その時、海上に光球(たぶん気球が夕日に照らされている)が見えた。それだけのことである。
 そもそもこの日は、前日(26日)に梅川昭美が猟銃を構えて三菱銀行に押し入り、人質を楯に立てこもっている最中。しかもその銀行は眉村さんご自宅のすぐ近所。あとの宴会もUFOどころではなかったのである。
 ただ、高齋さんの予見力?は確かである。当時、SF作家クラブ事務局長だったから、バスの予約などしているうちにアイデアを思いつかれたのではないか。そのあたりのことを確認したかったのだが……。

7月5日(土) 穴蔵
 晴。気温の変化も昨日とほとんど変わらず。
 世間は猛暑だとうるさいことだが、穴蔵におれば扇風機で快適。
 昼間、専任料理人のお伴でスーパー往復、液体系重量物の運搬を担当する。別に汗もかかず。
 午後は集合住宅関係の雑務。
 非SF系のことばかりだが、少しは人の役に立ち、体も動かした1日であった。
 夜は専任料理人が並べた枝豆、ヤッコ、小鉢などでビール。
 あとミニうな丼が出てきた。
  *
 はて、土曜だが、土用はまだ先のはず……と思ったら、たまたま浜名湖産のが安かったからとか。
 大いに結構。土用にうなぎや節分に恵方巻は恥ずかしい。
 これで今年のうなぎは食べ納め。無一文なんだからなあ。

7月6日(日) ジョージ・ルイス生誕125年
 晴。気温の変化も昨日とほとんど変わらず。
 昼過ぎに出て、梅田のニューサントリー5へ。
 7月の恒例行事「Happy Birthday To George Lewis」……ルイスは1900年7月13日生まれだが、今年は1週間前倒し。
 クラリネットは、左から河野義彦さん、風間晶世さん、保田貴秀さん。
  *
 3人(今日は来ていないが加藤平祐さんを加えて4人)ともに河合良一さんの熱き信奉者である。
 (河合さんのメモリアル・ライブは8月にニューサンで開催予定)
 「古き十字架」から「バーガンディ……」まで、おなじみの曲を堪能。
 隣席の方と話してびっくり。
 姫路のデキシー・キャッスルのバンジョー・寺尾さんであった(11年前のニューイヤージャズで聴いている)。
  *
 今は桔梗亮三さん(cl)の後継者・葛西さくらさんのハッピーアワーズでバンジョーを弾かれている。
 ニューオリンズ・ジャズは色々なかたちで継承されていのだなあ。あと何年か……生きているうちに不自由することはなさそうだ。

7月7日(月) 穴蔵
 晴。猛暑日。「危険な暑さ」らしい。
 終日穴蔵。室温が(東からの直射光あり)31℃を超えたのでエアコン稼働。
 昼間、ベランダは36℃、アメダス(大阪市)は37.6℃を記録した。
 午後は扇風機だけで普通に過ごせたから、この夏も普通に過ごせるだろう。
 ピークを過ぎればすぐ秋で、たちまち寒い冬かと思うと気が重くなる。
・トリプル7というのかスリーセブンというのか、令和7年7月7日で、めでたい日らしい。婚姻届けが多いらしいが、高齋正さんに較べるとなあ。
 むしろ来月のハチの方が気になる。このところ、マスターの体調もあって休みがちだからなあ。
 ハチの店名は先代ママの誕生日(昭和8年8月8日)に由来するから、8並びの日には午後8時8分8秒カウントダウンする習慣がある。
 たとえば2008年の8並びには山下洋輔ライブで大騒ぎだった。
 決定版は1988年8月8日午後8時8分8秒で、この日は山下トリオに筒井さんも来られて、ハチ史上最大の騒ぎだった。
 ハチママはもういないが、マスターは何が何でも令和8年8月8日のイベントはやるという。
 来月がその前年祭(山下ライブ)。
 7が並んだくらい、たいしたことではないぜ。

7月8日(火) 穴蔵
 穴蔵生活が続くと睡眠が不規則になる。
 午前2時前に目が覚め、朝まで集合住宅の管理規約関係の作業。
 なぜか20年ほど引き受けていた業務の引き継ぎ準備で、これも終活である。
 BS「運転席からの風景」で「東武東上線」(池袋〜寄居)を見つつ。
 乗ったことない路線だが、秩父に近いあたりは行ってみたくなる。
 式貴士「東城線見聞録」を思い出す。胃毛袋とか気持ちの悪い駅名が色々出てきた。
 朝になる。
 晴。直射光が入り、また昨日と同じ猛暑日かと思ったら、午後には曇って時々雨。気温は少し低下した。
 終日穴蔵にて読書、午睡、空しく一日を送る。
 たちまち夕刻。専任料理人が数皿並べた。
 枝豆やヤッコなど小鉢のあと、エビ料理が出てきた。
  *
 エビをウィスキーで味付けしてなんたらかんたら加えて揚げた"クレオール風"の料理だとか。
 ニューオリンズで食べた記憶はないが、これはこれで結構な。ワインを少しばかり。
 早寝させていただく。どうせ夜中に目覚めるだろうが。

7月9日(水) 穴蔵/暑気払い@池田
 やはり早起き。2時前に目が覚めてしまう。
 雑事色々。深夜〜早朝は集中できていい。
・未明にテレビ見てびっくり。酉島伝法さんがピアノを弾いている! と思ったら反田恭平であった。前からこんなヘアスタイルだったかな。
 読響の大阪定期演奏会で、ピアノ協奏曲やブルレスケ。たまにはこういうのもいい。
・午後、BSで『北北西に進路を取れ』を見る。
 何年ぶりか。中学時代に見た時は感心したが、60年以上経過すると、不自然さばかりが目立つ。
 見どころは飛行機の襲撃シーンだけ……と思ったが、この襲撃も不自然な。などといいつつ最後まで見てしまったけど。
・夕刻に出て、阪急で池田へ。
 駅前の寿司屋でタイムマシン製造業の経営会議兼暑気払いを執り行う。
 全役員・全株主・全パートタイマー、総数3名が揃う、年2回の楽しみ。
 事業は実質的にはインボイス制の実施とともに終了していて、飲み会のためだけに存続しているようなもの。
 全員後期高齢者だから、たいして飲まず食べず、持病と終活の話ばかり。
 次の株主総会(年末)も無事開催しようと約束して散会となる。
 池田まで来たのだから、いつもなら駅前の酒屋で呉春大吟醸を求めるのだが、我慢というか断念というか、ま、致し方あるまい。まっすぐ帰館。

7月10日(木) 穴蔵
 外は猛暑日らしい。
 終日穴蔵。PC・読書・午睡の三すくみ状態――じゃなかった、ペンローズの三角形状態とでもいうか――で過ごす。
 午後、市営廃墟に消防隊員10数人が来てあちこち視察?
  *
 1時間ほどで終わったが、あちこちの日陰で眠っていたトラたちがどこかに姿を隠してしまった。
 いよいよ消防訓練開始か。楽しみなことである。
 たちまち夕刻。
 枝豆、トリ腿肉のグリルなど数皿でノンアル。と、煮物かペーストかよくわからんのが並んでいる。
  *
 茄子のアンチョビ風味とかで、パンに載せるという。へえ。これでワインを少しばかり。
 別名「貧乏人のキャビア」というそうで、クロード・チアリ氏から学んだという(直伝ではなく、雑誌かテレビを見てだが)。
 チアリ氏の影響が今ごろ食卓にまで及んできたか。
 じつはわがパソコン通信歴にいちばん影響を及ぼしたのがチアリ氏なのである。
 このことは、この日記冒頭ページ(30年ほど前のこの記事)に書いているが、チアリ氏の「秘密基地」を訪ねたのが1988年だから、もう37年前になる。
 チアリさんはお元気か。同年で、ともに後期高齢者だからなあ。

(つづく)


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