『マッドサイエンティストの手帳』478

●マッドサイエンティスト日記(2010年5月前半)


主な事件
 ・3clセッション(3日)
 ・ビッグリバー・ジャズ2010(5日)
 ・Sunday at Jazz Club(9日)
 ・ラスカルズ(15日)


5月1日(土) 播州龍野の日常/龍野公園
 5月になった。
 張り切って下男仕事を遂行する。
 合間に断続的にテレビを見るに、上海万博の中継ばかり。
 1983年9月に行った時は、長江の東はただ平坦な地域で、仕事で会った相手はそこから船で通勤していた。
 ちょうど10年前、2000年に上海を通った時は、浦東空港の開港直後で、空港へのアクセスはタクシーのみ。機影は日本へ向かう1機のみだったなあ。
 国際線が虹橋空港から浦東へ移りはじめた時で、日本がまっさきに追っ払われたのであった。
 10年間のうちにリニア開設と驚くが、大阪万博前、1960年代後半の大阪の変貌を思い出すと、べつに驚くほどのことではないか。
 勢いでやってる時はそういうものだ。
 ちょっと運動不足。
 斜陽の時刻になって、龍野城趾〜龍野公園を1時間ほど散歩する。
  *  *
 新緑がなかなか。
 人はほとんどいない。
 龍野公園のグランドで老人10人ほどがゲートボールをやっている程度である。
  *
 ↑カネゐ(ヰ)醤油の醸造蔵。
 半世紀前にわが実家のネキ(←といっても関西でしかわからんか)にあった崩れかけの蔵(わが秘密の遊び場)は、こんな雰囲気だったのである。
 旧市内にこんな雰囲気の工場を残しているのは立派である。
 おれはヒガシマル(「龍野の刻」は別格として)よりもカネヰ醤油の「うまみ」を愛用しているからね。

5月2日(日) 播州龍野の日常/疣川?
 5月晴れ……洗濯によく布団干しによく、絶好の下男日和である。
 張り切って働くのであった。
 あとは書斎からボケーーーーツと庭を眺めて過ごす。
 ただ、長年モヤモヤしていたものが急に形を整ってきた気配がある。
 メモにするには不定形。「煉瓦」「産業革命」「紡機」「水門」「エッシャー」などとキーワードだけ並べて、またボケーーーッとする。もう少し熟成させることに。
 斜陽の時刻になって、散歩に出かける。
 本日は揖保川沿いに北へ。
  *
 祇園橋の上流500メートル……新緑の間から波光のきらめきを眺める。センチメンタルになるぜ。
 揖保川町が「珍名」所に入っているのに気づく。
 「疣」との類似? 珍名かなあ。「尻毛」や「鼻毛」や「金玉落とし」よりはずっと普通だと思うけどね。
 夜は老母の夕食につき合って軽くビール。
 20時、老母の就眠後、キムチ・カイワレ・トマト・ハム・玉子ドバドバ盛りの盛岡冷麺を作って「神の河」ロック。
 明日から短い下郎の休日である。

5月3日(月) 播州龍野→大阪/3clライブ
 5月晴れ……朝から張り切って下男仕事にいそしむのであった。
 昼間の電車で帰阪する。
 わ、穴蔵に戻ってみれば、こちらにも雑事色々。
 夕刻、専属料理人と歩いて梅田へ。
 ロイヤルホースで、5月恒例となった3clセッションである。
 谷口英治を迎えての3clセッション、今回は昨年5月3日のメンバーに鈴木孝紀さんが加わったかたちだ。
 谷口英治(cl)鈴木孝紀(cl)滝川雅弘(cl)大野綾子(p) 中村尚美(b)高阪照雄(ds)
 ともかく、いちばん生きのいいクラが3人揃った。
 滝川さんが全曲アレンジ、エリントンやパーカー、コルトレーンの曲が中心で、谷口さんが「ジャズでは絶滅危機にあるクラリネットだが、本日は日本でいちばんホットなライブではないか」といったが、確かに熱いライブだ。
 「ジャイアント・ステップス」なんて凄いね。
 
 演奏中は録音・撮影は禁止。
 休憩中に、昨年に引き続き、谷口さんに記念撮影をお願いした。専属料理人は感激しておる。
 ということで、夜更けの梅田繁華街を歩いて帰館。
 連休も後半となると、アホ青少年もさほど浮かれ出ていないようである。
 曾根崎東の某居酒屋では、広い店内に客ゼロ、オモテで呼び込みの兄ちゃんが必至である。
 専属料理人「可哀想に」
 おれ「そんなら飲んでいくか?」
 専属料理人「いらない」
 おれも3clで十分なので、まっすぐ帰館する。

5月4日(火) 穴蔵/ジョージ・ルイスのこと
 午前6時にカラスの鳴き声で目が覚めた。
 カラスが異様に多く、騒がしい。
 専属料理人のいうに、昨日は普通ゴミが荒らされて路上に生ゴミが散乱したという。
 カラスが騒がしかったのは3年前で、その後沈静化していたのが、どこかから戻ってきたのか。
 不気味である。
 ほぼ終日、穴蔵にて雑事を片づける。
 本日は「高槻ジャズストリート」の日で、行くかどうか迷うが、結局面倒になってやめる。
 高槻ジャズストリートはボランティアの活動に支えられたイベントで、その姿勢は立派だと思う。
 ただ……少数意見かもしれないが……おれは有料にしてほしい(あるいは有料ワッペンみたいなものを作ってほしい)と思う。
 ともかくカンパ要請とTシャツ販売が「圧力」になって苦痛なのである。
 いい演奏には金は払うべきで、おれは毎回(梅棹忠夫先生のお布施理論にしたがって)Tシャツ3枚分くらいのカンパをしている。
 が、どの会場へいっても、やっぱりカンパ要請だ。
 結局、エキスキューズのためにTシャツを買って持ち歩く、しかし、おれはTシャツは着ないから捨てることになる。もったいない話だ。過去5枚くらい処分したのではないか。
 おれとしてはTシャツはいらないから、同額をカンパした証明ワッペンを貰える方が気楽に歩けるのである。
 あるいは高槻商店街の商品券とかにしてもらえないかなあ。
 無料に不平をいうのはのはおかしいが、こんな思いのファンもいるのである。
 そんな理由で、今年も「高槻ジャズストリート」は見合わせる。
 ジョージ・ルイスに関連して、目立たないかたちでちょっと案内をアップ。同好の士はよろしく。
 夕刻までカラスの声喧し。
 専属料理人に本日は和風の数皿(冷や奴、山芋オクラ、カレイ煮付など)並べて貰ってビール、白鶴冷酒。
 本を読みながら早寝するのである。

5月5日(水) ビッグリバー・ジャズ2010
 5時頃にカラスの鳴き声で目覚めた。室温23℃。
 ニュース。昨日の鳩の沖縄での発言には呆れ果てたが(軍事好きの中学生なら常識レベル、それが今頃「勉強してわかった」とは)……ま、政治的なことは書かんとこ。先は見えている。
 ガキの日である。
 天気がいいので、ぶんきちくんに倣ってでもないが、本日はウォーキングということにした。
 専属料理人がいうには、この数ヶ月、ウォーキングを復活させているのだという。ただし淀川堤防は怖いので(時々袋詰めの女性死体が発見されるからなあ)人通りのある町中コースらしい。
 それならと、本日はいっしょにOAPまで徒歩で往復とする。
 豊崎〜中崎〜扇町公園〜天神橋筋商店街〜造幣局の北側にあるOAPまで、1時間もかからない。
 大川沿いの新緑のしたでしばし涼む。
 
 お、対岸で水陸両用バスが「進水」するところであった。
 SFツアーから2年近く経つのだなあ。
 OAP、本日はOSAKAビッグリバー・ジャズ2010開催である。
 ニューオリンズ・フォーティーズ、マホガニーホール・ストンパーズを聴く。
 途中、OAP内の「やぶそば」で「江戸御膳」……悪くはないのだが、この店の接客はどこか変である。「いらっしゃいませ〜」「ありがとうございまあ〜〜す」に独特のイントネーション(本家の伝統か?)をつけるのだが、おばちゃん、地では普通に大阪弁でしゃべっていて徹底していない。なんだかバカにされているように聞こえるのである。味とは別の話……でもないよな。店の作りは高級で、接客はペケ。
 今年は早稲田勢がOB含めて20人来ていて、3バンドに分けての出演である。
 レッド・ビーンズ、TONTONのヴォーカルにつづき、15時30分、ラスカルズ登場。
 トランペットはジェフ・ブルで、悪くはないが、先日のフルメンバーによる最高のアンサンブルは聴けなかった。
  *
 例によって出演者全員の大セッションで終わる。
 帰路は少し北よりの道を選んで歩く。
 串カツで一杯やりたくなり、天五の立ち呑み横丁を通るが、どことも混み合っている。
 中崎商店街を通過。
 青空書房に寄り、坂本さんに挨拶。
 ひとりでぼちぼちやっているとのことである。来月にエッセイ集が出るそうな。
 中津まで歩いて帰り、「なにわや」へ。
 
 穴蔵から西100メートルに出来た「二度づけ禁止」の串カツ屋。
 サラリーマンでごった返す店で本日は空いている。
 紫がかったピンクに黄色い文字の看板が、なんだか風俗店の色調で、今まで警戒していたのだが、この店は当たりであった。
 生中290円、ビール大ビン350円、串カツ以外のメニューも豊富。
 牛肉タタキ(400円)、鶏肝煮(150円/これ結構量があって旨い)、串カツで盛大にビール。
 接客が実によろしく(言動一致というか、ごく自然に親切丁寧で)、「やぶそば」とはえらい違いである。
 本日は、13,569歩……約10キロ。久しぶりに1万歩突破である。
 ビールが急速に回って、ともかく早寝。

5月6日(木) 大阪→播州龍野
 早寝(19時頃)したら午前2時に目が覚めた。起きてシャワー。
 ともかく、昨夕は帰り着くなり眠ってしまったからなあ。
 よく寝たものである。
 未明まで雑事を片づけ、早朝の電車で播州龍野へ移動する。
 しばらく下男モードに入るのである。
 必要あって龍野の金融機関へ行くが、どこともえらい混みようであるなあ。
 連休中に浪費したので小銭を引き出しに来たようなヤカラが大部分。
 そんなものなのであろう。
 夜はエヴァン・クリストファーの新譜(『Remembering Song』 )を聴きつつワインを少しばかり。
 エヴァン、ハリケーン被害のあと、いい雰囲気に変わったなあ。
 本日も早寝するのである。

5月7日(金) 播州龍野の日常
 早寝したら午前3時頃に目が覚めた。
 夢うつつの状態でいたら、3時30分におびただしい数のカエルがいっせいに鳴き出した。びっくりするなあ。
 雨が降り出したらしい。歓喜の合唱であろうか。
 啓蟄はとっくに過ぎてるものの、今日、早朝にとつぜんいっせいに鳴きはじめとは不思議だ。
 ともかくカエルが出てきたからには……S字型に用心しなければいかん季節の到来だなあ。
 雨は午前10時頃まで降り続き、午後には急速に晴れる。
 ホームセンターへ行って木材を仕入れ、午後2時間ほど、タイムマシン格納庫で大工仕事。
 老母用の「専用食卓」を作る。
 老母は日頃、居間のソファに座っていて、食事はやや低いテーブルで前屈みとなる。
 これは苦しそうなので、病院のベッド用の食卓というか、飛行機のテーブルの大きいのというか、専用食卓を作ったのである。
 材料費2700円。
 
 前脚18センチ、後脚50センチ、45×60センチの食卓。
 老母「ここまでしてもらわなくてもいい」という
 食卓が小さいと載せる量も限られる。
 「定食型」よりも、広いテーブルに色々並べてあれこけつまむ方がいいらしい。
 確かに。おれもそうだものなあ。
 ま、試作テーブルは老母の(身内だけでの/そう希望しているのである)葬儀の献花台にでもするか。
 ということで、夕食。
 枝豆・ヤッコ・カイワレ・みりん干し・キュウリ酢揉み・トマト・白和え・イカ刺身・らっきょう・金時豆・キムチ(←各少量/各人が全メニューを食べるわけではなし)を並べて、老母はごはん、おれはビール、冷酒。
 本日も早寝するのである。

5月8日(土) 播州龍野の日常/不気味な案内
 快晴だが寒い。午前4時の室温は17℃で、2月に較べれば快適だが、じっとしていると肌寒い。
 本日、暖房機器を片づけようと思っていたのを延期する。
 張り切って下男仕事。
 合間に机に向かい、断続的にハロゲンヒーターでキンタマ照射しつつ雑用を処理する。
 午後、近所を散歩する。
 裏塀に沿って、タンポポの冠毛が一挙に開いていて、白い花が咲いたように見える。
 昨日の雨、今日の快晴のせいであろうか。
 近所を歩くと、あぜ道や畑など、どこもかしこもいっせいに……こんな極端な綿毛化は初めて見る。
  *
 ちょっと不気味だな。
 ついでにCX2のマクロ性能を確認する。なかなかである。
 ということで、夜は枝豆・肉豆腐・白和え・その他並べてビール。
 老母が寝たあと、シャワーを浴びてから、「神の河」ロックをチビチビやってたら、老母の「定位置」に奇妙な紙片があるのに気づく。
 「永代経御案内」なるもの写真は下の通り。
  *
 ポストに入っていたのを老母が持ってきたのか? おれは知らなかった。
 文面では、今日の午後に「薬師庵」で亡父の「佛25回忌」の永代なんとか法要があるから焼香に来てくれという。あとで「粗非時」?をくださるという。
 亡父はある宗教の信徒であったが、この文面とは関係ないし、今日は命日ではないし、勝手に法要やって焼香に来いとはどういうことなのか。
 おれ以外の者がいる時に案内を受けたとも聞いてない。
 ともかく、もう終わったことではあるが。
 しかし、塗りつぶした部分の表記は妙に正確で、どこかからの情報を仕入れないとわからない事項もある。
 不気味だなあ。狭い地域のことだし。
 午前中にわかっておれば偵察に行ったのだが……
 新手の何かの勧誘としか思えない。

5月9日(日) 播州龍野→大阪/Sunday at Jazz Club
 昨日の「永代経」についてさっそくご教示いただいた。
 たぶん浄土真宗のやり方で、特に悪質なものではないようだ。
 永代経についてはここが参考になるという。
 なるほど納得。5月にやる寺が多いような。
 本音は「喜捨よろしくね」ってことか。
 朝6時前に「薬師庵」を見に行く。
 
 公民館の横にある建物がそれらしい。子供(小学生)の頃は「ヤクシ」といえば、姫新線の線路脇にあった無人の祠で、前の庭が遊び場だった。
 ずっと前にこちらへ移転……相変わらず無人である。
 どこかの坊さんが巡回してはるのであろう。
 ただ、亡父の戒名(相当の名)とか死亡年度を把握されているのがちょっと気になる。
 ま、33回忌?までは関係ないけどね。
 昼前の電車で帰阪。
 午後は自転車で黒崎町の「バンブークラブ」へ。
 Sunday at Jazz Club例会である。
 本日の特集は「弦楽器」の持ち寄り。
 おれはエヴァン・クリストファーの新譜『Remembering Song』を持参する。
 老練のギター奏者バッキー・ピゾレリ(米朝師匠の1歳下)との共演が泣かせるのである。
 エヴァンは20年ほど前にイタリアでトニー・スコットに会った。
 スコットはバードとの写真(ポスター)にサインしてプレゼントしてくれた。
 そこには「Good luck on clarinet road」と書かれていた。
 つづいて「Lots of curves」とも。
 確かにトニー・スコットのクラリネット人生は曲がり角だらけだったものなあ。
 エヴァンが自分のウェブサイトを「clarinetroad」としているのはこれ故である。
 エヴァンにとっての大きな曲がり角は2005年にニューオリンズを襲ったハリケーン・カテリーナだった。
 このハリケーンですべてを失った。スコットのポスターもこの時になくしたという。
 フランスへの留学のあと、2007年にニューオリンズに戻ったエヴァンは新たな方向に進み始めた。
 新譜『Remembering Song』には新たな「クレオール・スイング」の息吹きが感じられるのである。
 ……その他、例によって面白く珍しい音源・映像色々。
 気楽にジャズが楽しめる至福の時間である。
 夕刻帰館。
 専属料理人に色々並べてもらってビール、ワイン。
 溜まっている本を読みつつ、早寝するのである。

5月10日(月) 穴蔵/市内ウロウロ
 自宅ベランダの花がちょっときれいである。
 専属料理人に訊くと、シクラメンで、冬の花のはずが先日から咲いているのだという。
 気温不順のせいであろうか。
   *
 CX2のマクロで撮影……実物よりきれいである。
 本日は連休明けの平日で、雑事が色々たまっている。
 朝9時に近所の医院で定期検診、血圧は正常であった。
 朝から小雨になる。
 歩いて梅田ウロウロ。タイムマシン関係で主に金融機関など。
 いったん帰館。
 夕刻から、こんどはジャズ(ジョージ・ルイス)関係で、小雨の中、自転車傘差しで出かける。
 「ジャズの専門店ミムラ」からワイルドバンチへ。
 バンチでは週末のライブに関して騒動発生、ややこしそうだなあ。このへんから派生した事変らしい。
 諸氏を激励して退散する。
 ハチにも寄る。
 某音源情報の意見交換も行う。
 19時に帰館。
 専属料理人の手作り餃子、麻婆豆腐、青梗菜のシャキシャキ炒めなどで盛大にビール。
 早寝するのである。
 明日からまた田舎行き。

5月11日(火) 大阪→播州龍野
 早朝の電車で播州龍野へ移動する。
 数日間、下男モードに入る。
 終日、霧雨が断続的に降る。
 書斎の室温は18℃だが、じっとしていると脚が冷えてきた。
 時々机下のハロゲンヒーター(まだ片づけてないのである)をつける。
 春は遠い。
 午後外出した時に、近所のゴミ屋敷と呼んでいる家の樹が根元から切られているのに気づいた。
 切り口を見るに、つい先日切られらしい。樹の名前は思い出せない。
 ワゴン車を侵食しかけていた樹である。
  
 この廃車は、2003年5月には、すでに樹と壁でがしっと挟まれていた。
 あれから7年。
 経過を推定するに、
 ・15年以上前にワゴンを廃車にして家の横に置いた。
 ・廃車の横に樹が生えた(植えたとは思えない)。
 ・樹と壁に挟まれて、廃車は移動できなくなった。
 ・2010年に樹を切った。廃車はそのままである。
 ……ということは、廃車が大事だから(可哀想だから?)樹を切り倒したとしか思えないのである。
 うーん、それほどのクルマか?
 家・老ワゴン・家主ともども亡んでいくということか。
 謎は多い……

5月12日(水) 播州龍野の日常
 午前4時過ぎに朝刊の届く音で目が覚めた。
 朝刊に、普天間基地問題の「5月末決着」は事実上断念とあるが、鳩も漢字が読めなくて「5月未決着」を間違えてただけのことではないのか?
 そのうち「勉強して『末』と『未』の違いがわかりました」と弁明するのであろう。
 下男仕事の合間に吉村昭氏のエッセイを読む。
 先日読んだ(たぶん最後の未収録作品集/まだあってほしいが)『わたしの取材余話』が素晴らしかった(特に「心臓移植事件取材ノート」は、なぜこれが今まで刊行されなかったのが不思議)ので、龍野図書館へ行って『ひとり旅』『回り灯籠』『七十五度目の長崎行き』を借りてきて拾い読み。
 記述されている場所に行ってみたくなり、発作的に(でもないか、他にも行きたい事情が重なって)来週の予定を決めて、身内に連絡、予約も色々済ませてしまう。
 吉村昭氏の文章にはそんな力があるのである。
 いずこへ?((C)チャーリー浜) 長崎ではなく北海道でもなし、いちばん行きたいところは「生麦事件」現場だけど、そこでもなし。
 ネットで色々と地図を見てたらたちまち夕刻。
 下男仕事のあとビール・湯割りをいただいて早寝するのである。

5月13日(木) 播州龍野の日常
 相も変わらず下男仕事。
 天気がいいので布団を干し、書斎の暖房器具を片づける。まだ肌寒いのだが、明日からしばらく大阪であり、今度来る5月下旬にはおそらく暖房は不要であろう。
 午後、図書館へ本の返却に行き、ついでに週刊新潮を読む。
 「離婚は膠着! 『沢尻エリカ』と4人の男」という記事。
 沢尻という女優の離婚騒動は大手プロダクションが半年がかりで仕組んだマル秘プロジェクトだという。
 おれは『県警対組織暴力』を思い出した。あの映画では、ホステスの引き抜きに端を発して、駅の階段を生首が転がる抗争にまで拡大する。当のホステスはしれっとしたもの。
 似たような世界なのである。
 もっとも、沢尻エリカの作品は見たことがないし、高城という「ハイパーメディア・クリエイター」がどんな作品を作ってどんなシステムで金にしているのか、さっぱりわからないから、まったく実感がわかないのだが。
 恐ろしい世界だ。それだけに面白い。銃撃戦まで拡大するか。
 帰路、前から気になっていた新宮町の八幡神社へ「欅と椋の癒着」を見に行く。
  *  *
 大小2本の樹に見えるが、正確には3本。
 左の大木(1本に見えるが)が椋と欅が根元で「癒着」しており、右の離れた1本は椋で、これは左の2本と根がつながっている。
 左から「椋・欅〜椋」3本の根がつながった「新宮町文化財」である。
 今年2月末に見に来たときには衰弱気味で、「療養中」の掲示があったが、若葉が生い茂っている。
 回復の途上にあるのだろう。
 夜は冷蔵庫クリーンアップメニューでビール。
 明日は出所である。

5月14日(金) 播州龍野→大阪
 午前4時に起きる。室温15℃で寒く、日が昇っても気温はさほど変わらず。
 張り切って下男仕事。
 遠路、身内が到着。
 先日来進めていた某プロジェクトの報告と打ち合わせを行う。
 午後は某事務所へ行って打ち合わせ。
 一応一区切りがつく。
 午後の電車で大阪へ帰る。
 大阪も肌寒い。
 夜は集合住宅の総会である。
 特にややこしい案件はないものの、ペット・マナー・騒音・カラスの被害など、なんだか気が重くなる話ばかりである。
 21時頃から晩酌。
 午前・午後・夜と会議の連続で疲れた。
 酔いが回ってそのまま就眠、朝起きて書いたのがこれ。

5月15日(土) 穴蔵/ラスカルズ
 快晴で、暖かくなった。
 穴蔵を掃除して、夏モードに変更する。
 あとは溜まっている雑事の処理。
 たちまち夕刻になった。
 ひとり閉じこもって仕事できるのは、ともかく幸せなことである。
 軽く晩酌の後、21時前にニューサントリー5へ。
 ニューオリンズ・ラスカルズを2ステージ目から聴く。
 本日、なんと志賀さんが登場、3曲だけだが、フロント3管が揃った。
 
 最高のアンサンブルである。志賀さんは3曲すべてヴォーカルも。
 3ステージにはニューオリンズ・フォーティーズが来ていて2曲。
 大阪はいいなあ。
 酩酊寸前で23時に帰館。そのまま就眠、朝起きて書いたのがこれ。

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