HORI AKIRA JALINET

『マッドサイエンティストの手帳』90

●マッドサイエンティスト日記(1998年12月後半)

主な事件
 ・「モンクが町にやってくる」
 ・山下洋輔デュオプラス、今年最後のライブ
 ・「鳥正」ふただび……「走る取的」の恐怖
 ・瀬川昌久先生に会う
 ・「ダイナマイツ」コンサート(枚方)
 ・デキシーで年の納め

1998年

12月16日(水)
 早朝のひかりで新横浜。横浜から相模鉄道で「大和」へ。相模大塚で朝脱線事故があったとかでダイヤ乱れている。午後、横浜から都内へ移動、浜松町から日本橋界隈ウロウロ。お茶の水のディスクユニオンでトニー・スコットとデフランコのCD4枚。神田の音楽書・古賀書店を見るが収穫なし。ジャズ雑誌の旧号はなかなか手に入らない。
 会社指定の田原町のビジネスホテルにチェックイン。
 「運良く」浅草HUBに谷口英治とグラマシー5リバイバルズ出演の日で、1ステージ2曲目に間に合う。
  off
 「おなじみの曲」ということで始まったスローなナンバー、文章での説明が難しいが、最初の2フレーズ、どう聞いても「ブルーモンク」である。が、これが同じテンポでなんと「サンタが町にやってくる」になるのである。クリスマス・ウィークの初日だったのだ。それにしても粋な編曲、アドリブなどトニー・スコットの雰囲気で、なんだかぼくのために演奏してくれたような気がする。これは「モンクが町にやってくる」という曲にした方がいいのではないだろうか。
 この日はトランペットに辛島一雅氏がゲスト。途中からテナーの右近茂氏も来て、3管となった。ラストの22時40分まで、満員の盛況である。

12月17日(木)
 朝から日本橋界隈ウロウロ。
 17時前のひかりで帰阪。
 家族は「疎開先」から戻っているが、家の中、荷物が未整理、ダンボール山積みで、どうしようもない。整理には1週間くらいかかりそうである。

12月18日(金)
 早朝本町、そそくさと北摂の事業所。スーダラ社員には暗い仕事が続く。

12月19日(土)
 世間休日なれどボンクラ社員としては雑用整理のため出社。
 午後帰宅し、夕方までの3時間で、年賀状326枚を作成投函。
 仕事(SF以外)同様、拙速を尊ぶ。

12月20日(日)
 終日「レポート」と「決算」業務。原稿が書けないなあ。

12月21日(月)
 朝から銀行、郵便局、某所轄署など5ヶ所をあわただしく回って午後北摂の事業所へ。夕方、職場でもないSFでもないごく親しいメンバー4人で、川西能勢口駅前にある「梅の花」という豆腐会席の店で突発的「忘年会」。たぶん今年唯一の忘年会であろう。

12月22日(火)
 ひかりで上京、東京駅で他のメンバーと合流して青梅へ。
 夕方、帰路、阿佐谷で途中下車。プライベートな事情で1日延長である。
 阿佐谷ジャズストリート以来、すっかり「通いなれたる」欅の道を南下して、アミスタ阿佐ヶ谷にチェックイン。地下鉄・東高円寺、「セシオン杉並」での「山下洋輔デュオプラス」に駆けつける。山下氏の今年最後のライブとあって満員の盛況、おなじみの顔ぶれがあちこちに見える。「地元」鳥正を本拠地とする酔鯨会の猛者連も……。
 off
 メンバーは、山下洋輔(p)、堀越彰(ds)、津上研太(as,ss)、水谷浩章(b)の各氏。
 今年最後のライブ、最後はアンコールで「ドラムブギ」

 ネットのメンバーで阿佐ヶ谷南口の「鳥正」へ。
 min、のら、ぶる、文豪ミニ、半魚、M松夫人……十年以上前に大阪のハチでお目にかかって以来ではないか?
 「鳥正」では入り口すぐのテーブルに先着の「酔鯨会」メンバー。ネットものは奥の方の座敷に分散。あとで到着される演奏者の皆さんのために、中央のテーブルを開けておくという配慮である。
 ……と、とつぜん「力士3人」が入ってきて、6人座れるテーブルをどかっと占拠、ラムネを飲みながら、黙々と焼き鳥を食べ始めた。
 ネットのものども、全員「走る取的」で力士の「恐ろしさ」を刷り込まれているから、恐怖のあまりジロジロ見るわけにもいかない。しかもひとりは、ネットの「魯痴珍」によく似た顔つき。デジカメで撮っておきたかったが、手が震えてだめであった。
 というわけで、山下洋輔様ご一行、10分後に到着の時には、座敷詰め込みとあいなった。……「しゃべったら気のいい連中だと思うよ」とは酔鯨会メンバーの意見。その通りだろうけどなあ。「走る取的」がいかに影響しているかを思い知ることなり。
 off off off

 23時過ぎまでモツ煮込み白菜漬け焼酎を堪能、酔鯨会メンバーの記念撮影を横から撮らせていただいた。ヒゲの似合う人が多い。
 通いなれたる欅の経を歩いてアミスタ阿佐ヶ谷泊。

12月23日(水)
 午後、リーガロイヤル早稲田のロビーで、村井“好爺”康司、遠藤“バンマス”治、吉井“ぶる”誠一郎の各氏と集合。
 午後2時過ぎ、音楽評論家の瀬川昌久先生をお迎えする。
 11月19日に谷口英治さんから、トニー・スコットについて詳しいのは瀬川先生との情報があり、村井さん経由で話を聞かせてほしいとお願いしていたのが実現したのである。
 インタビューについては、トニー・スコットに関する研究がもう少し進んだところで、別にまとめたいと思う。これから楽しみながら進めたいテーマである。
 瀬川先生がフルタイムの評論家ではなく、定年まで仕事と兼務で活動されていたことを初めて知った。紳士的な人柄といい、ぼくもこういう風に歳をとりたいと思う。
 ・映画監督の瀬川昌治氏が弟であること(その縁で、スコットが映画に1シーン出たことがある!)
 ・スコットの次女モニカ(凄い美人)はモデルの仕事でよく来日していて、父親の日本でのコンサートを実現させたがっている。本人も歌っている。
 ・スコットの住んでいた家は当時のまま残っている。
 ……などなど。
 ・(ぼくがSFを書いていることから)瀬川先生は広瀬正氏のスカイトーンズ時代のレコードを聴き、そのアレンジのセンスに感心されたという。
 スコットの最新プロモートビデオ(ローマでのライブ、77歳)があるからと、結局、牛込の瀬川邸までおじゃまする。
 瀟洒なお宅であり、スコットの住んでいた家は隣にそのままあった。
  off off
 40歳前にトニー・スコット夫妻がここで生活していたと思うと感慨深いものがある。
 瀬川邸を失礼してから、バンマス、ぶる氏と神楽坂で焼き肉。飯田橋の「深夜プラス1」で出たばかりの「上方お笑い放送史」(読売新聞社)を購入、キムチの臭いを振りまきつつひかりで帰阪、深夜帰宅。

12月24日(木)
 昼間、ボンクラサラリーマン生活。
 夕方、京阪電車で枚方へ。
 メセナ枚方で谷口英治氏が参加している「ダイナマイツ」のコンサート。
 off
 後藤勇一郎(violin)、近藤浩志(cello)、伊丹雅博(guiter)、谷口英治(cl)
 クラシック畑とジャズのテクニシャンで構成される室内楽風演奏……とでもいうのか、バイオリンにはグラッペリ風ジプシースイングの香りがあるし、ギターにはフラメンコ風の哀愁があったり、まったく自由な雰囲気でありながら、見事な調和が保たれている。
 ここでも谷口英治がやっぱり素晴らしい。「中国の太鼓」アタマのソロなど、マイクなしの会場であり、CDよりも遙かに素晴らしい音色であった。
 終演後、駅の大衆的イタメシ屋で、一緒になった女性3人半とワイン。
 3人半というのは、森山研の「専務」、某タクマのK川嬢、その友人のI田嬢、それにうちのボンクラ息子の母親である。最後のが「半」。
 それにしても、クリスマス・イヴに女性に囲まれてワインとは、われながら信じられない状況である。上気して、デジカメ撮影を忘れてしまった。
 帰宅23時。3日ぶりに入浴、洗髪。「飲んだら入浴しない」原則を月火水と守ったが、さすがに限界である。

12月25日(金)
 未明に出発、ひかりで名古屋へ。中央線・しなので塩尻、中央線・東に乗り換え、岡谷から飯田線に乗り継いで、伊那に11時前に到着。
 思ったほど寒くない。暖房なしの現場作業を想定して重装備で来たが肩すかしである。
 泊まり込み覚悟であったが、打ち合わせの結果、駐在までする必要はなくなる。
 夕方出発、夜帰阪。時間ぎりぎりでの乗り換えが多く、よく走った日であるる

12月26日(土)
 世間休日なれど事後処理のため出社、午後、日本橋へ。
 鈴木章治のベスト版CD「鈴木章治」を買う。ダブっている曲が多いが、音質は抜群にいい。

12月27日(日)
 終日、雑読。まとまった原稿が書けない。困ったものである。

12月28日(月)
 身辺整理モードに入る。
 夕方、かんべむさし氏の事務所へ。先日、ご母堂逝去。徒歩5分の実家が空き家になったため、夜はそちらで寝泊まりという。うらやましいというと不謹慎になるなあ。かんべは昼間、仕事場でずっとひとりなのだから。
 かんべを含む「数人」での忘年会も途絶えて3、4年かな……。

12月29日(火)
 身辺整理……といっても、年末の特許情報のチェック、来年度分の事前調査、半日。年末の行事である。不要書類の処分などで、15時、やっと仕事納め。
 夕方、家族で近所の大衆的中華料理店「某」(←これだけは公開しない。あまり混んでも困る。「鶏の唐揚げに目のない某氏」にのみメールで教えてあげることにする)へ。ここは大衆的値段で量が多く抜群にうまい。中華がそれほど好きでないぼくがそういうのだから。最近ダメになった梅田の某冥などより、量が1.5倍、味は遙かに上で、値段は6割くらいか。どうしても知りたい人はメールでぼくにお問い合わせください。地下鉄中津から徒歩5分です。
 食後、自転車で梅田へ。サントリー5。「サウスサイドバンド」の出演日。デキシーで年の納めである。
 某タクマのK川嬢が来ていて、結局最終ステージまで。
 最後のステージ、月曜日に弾いている美人ピアニスト・小川理子さんが来ていてゲスト参加。小川さんは、某大手電機メーカーの「技師」なのである。CDは出すわコンサートはやるわの活躍で、もうフリーで活動中なのかなと思っていたら、「ちゃんと務めてますよ」という。うーん、わが実兄が関連来社で「技監」という立場にあるが、時代も社風も変わりつつあるのかと感心。二足のワラジを軽々と履きこなしている……女性にワラジのたとえは失礼だが……そういう時代なんだなあ。
 美人ふたりに挟まれて記念撮影。
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 小川嬢、やつがれ、K川嬢……女性に縁のある年末である。

12月30日(水)
 早朝の新快速で姫路経由、播州龍野の実家へ。
 母親のための買い物、荷物の整理など。
 2、3日いてもいいのだが、夕方、年末にしか会えないメンバーとの集会が大阪であり、あわただしく午後帰阪。大学時代に住んでいた石橋の飲み屋で今年最後の飲み会。

12月31日(木)
 午前中、ごろ寝。部屋の大掃除もしなけりゃいかんのだろうが、もうこの日になれば、廃棄物を整理しても捨てる場所がないのだから、現状がいちばん「詰め込んである」からいいのだと判断。なにもせず、終日CDと読書。
 トニー・スコット出演の映画を調べるが、瀬川昌治氏は新東宝→東映→松竹と移っておられるので、時期からは東映時代と考えた方がいいようだ。松竹の「喜劇・旅行シリーズ」はビデオ化されているが、東映時代はない。
 テレビもビデオもボンクラ息子に占拠されていて、長い間見ていない。
 リビングから国民的カラオケ番組の音が流れてくるのを聞きながら、パソコンに向かったまま越年。
 1998年は終わる。
 皆さん、よいお年を。


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