HORI AKIRA JALINET

 

『マッドサイエンティストの手帳』 2

マッドサイエンティスト日記(1996年3月〜5月)

−−受賞・祝杯・猫騒動・久田直子の日々−−
 (この日記はSF同人誌SOLITONに連載の日記とクロスする記録です。
 SOLITON版は編集記録が主ですが、SFに関する部分は重なります。)

1996年
3月7日(木)
 高信太郎くん(と、同い年だから馴れ馴れしい表記)が送ってくれた「ビートたけ しの賞味期限」読む。コーシンは、初めて会ったのが新宿で(山田正紀さんといっし ょだった時である)すでにコーシン酩酊に近い状態だったのだが、テンションの高さ と記憶力の凄さとギャグ創出力は、こりゃ大変なものでした。……山田正紀にカラオ ケ的スナックで「何か歌え!」「歌なんて何も知らないよ」「『君が代』歌えるだろ う」正紀本当に歌わされた。……あ、それはそうと、この本、鋭い指摘がたくさんあ って(とりまきがギャグともいえない一言に顔をひきつらせて笑う不気味さなど、朝 日新聞で島崎今日子が指摘したことと重なるが、誰もが感じていて書かないことをは っきり書く姿勢は立派だ)、三遊亭円丈『御乱心』以来の面白さだった。

3月27日(水)
 会社の昼休み、自転車で空堀商店街入口の雑居ビルへ。ぼくが理事をつとめる集合 住宅から滞納金を残したしたまま消えた人物の内容証明送付先調査。とても「住居」 とは思えぬ部屋に「政治結社・八紘会」の表記。……関わりたくない世界だ。以下 ノーコメント。
 夕方帰宅。
 夜、珍しく高校生の長男とふたりだけで夕食。テレビで「古畑任三郎」を観るのだ という。まったく知らなかったのだが人気シリーズだという。「しばらくのお別れ」 という回である。……刑事コロンボのパクリで、田村正和のしゃべり方など表面のな ぞり。しかし、最後まで疑問が残る。■舞台から客席のネックレスを見つけるトリッ クがおかしい? しかも犯人はミスを自覚している。無自覚なところを突かなけれ ば。コロンボの場合、決定的証拠がないところ、コロンボが何かを「仕掛ける」て犯 人にミスを自覚させることで落とす。「ダイアルMを回せ」の手である。■コロンボ ものは「エリート(権力者)」の犯罪が崩れるところにカタルシスがある。山口智子 が犯人役なので遠慮があるのか、新興活花の世界で犯人と被害者の立場は逆じゃない か? 上っ面のみのパクリで本質的なところは何も学んでいない気がするが、これが 受けるというのでは情けない。と、こんなことを「解説」しながら観たのだが、普通 ならうるさがる長男が苦情をいわなかったから、こちらの方が正論であろう。……ネ ックレスのトリックでレーザーか赤い光の反射と予想したが、説明ないまま。これは ぼくの考えたトリックの方が面白いと、 珍しく子供に褒められる。パクルとは話の構造を学ばせていただくこと。ウェルズを パクってドラえもんにするくらいの知恵をしぼってほしい……のだが、このドラマ、 恥も外聞もないモノマネが俗受けすることも教えてくれるなあ。

4月14日(日)
 谷甲州氏の車で福井から海岸沿いに小松まで走る。昨夜、同窓会で芦原温泉泊、 朝、甲州がわざわざ迎えに来てくれたわけである。快晴、暖かく、海は静か。自殺の 名所から穏やかな水平線を望む。彼方から二百万の難民がそのうち漂着しそうだとは 信じられない眺めだ。田園風景の中に異様な観音像が屹立していたり、日本の原風景 は変わりつつある。谷邸で昼間からビール。町内の行事にかり出されたり世話役を引 き受けたり、谷甲州すっかり小松に馴染んでいる。地球上たぶん異星でも、どこにい っても生活できる男なんだろうなあ。近くの自然公園を散歩し、芝生に寝転がって雑 談。甲州、ある賞の候補になっている「らしい」という。候補作非公開の賞とは何 か。谷甲州の近年の充実ぶりを見ると何で何を受賞しても不思議でない。神田神保町 時代と同様におそろしく散らかった仕事場を見学し何となく安心して夕方の雷鳥で帰 阪。

4月18日(木)
 朝、電子メールを開くと谷甲州から「新田次郎文学賞の受賞決定」の知らせ。「白 き峰の男」の数篇が受賞対象という。よかったなあ。この受賞は本当に嬉しい。先日 見せて貰った仕事部屋での推理作家協会賞落選酒盛りからほぼ一年というのだから。

4月19日(金)
夕方、日本橋で富士通DESKPOWER(SE5)を購入、タクシーで持ち帰 る。二時間ほどで起動……しかし目が悪くなったものである。縮小の文字かとても見 づらい。プロパティで調整、文字を拡大すると画面はみ出し。MS−DOSも並べて おきたくなるがスペースがない。98は実家に移すことになろう。ドアツードア二時 間、龍野市の実家を週末の書斎にする計画なのである。

4月29日(月)〜5月6日(月)
 世間が連休で浮かれている最中、断続的に、堺・浜寺沖の人工島で相棒とふたりで 精密機器の組立作業。会社で兼務している業務が三分野あるため、船積期限の迫った 機械の組立は休日にしか集中してやれないのである。しかし、いちばん好きな仕事だ から、まあSFが多少犠牲になるのはしかたがない。
 野犬と毒グモの生息地帯、穏やかな五月晴れの日々だが、何か怪しき気配が立ちこ めている。これが大手化学工場の爆発事故、そして二月後に起こるOー157事件の 予兆であるとは知るよしもなかったのである。

5月11日(土)
 都市建築研究の気鋭・橋爪紳也氏が手塚治虫研究の俊才・中野晴行氏と対談の後、 夕方から時間があるという情報が入る。同人誌ソリトンのスタッフ含めて梅田でビー ル。橋爪、中野両氏とは初対面である。橋爪助教授の若さに驚く。こちらが老けたの か。わが同級生前後が教授だからなあ。中野晴行氏は手塚治虫研究家。大阪のミニコ ミ誌「SEMBA」に「手塚治虫と路地裏の漫画家たち」を連載中から、手塚治虫研 究にまだこんな異才がいたのかと驚嘆したおぼえがある。手塚記念館にも協力してい る、いわば学芸員である。初対面と思っていたら、SEMBAの編集スタッフとして ぼくの出た座談会の席にいたという。橋爪氏と中野氏は旧知の仲、対談のセッティン グは本間祐氏。関西は狭いなあ。ソリトン編集会議みたいな雰囲気になって、中野氏 に手塚テーマで原稿依頼、ついでにアドバイザーになってもらう。(後日いただいた のがSOLITON6号巻頭の原稿。ロボット法とロボット三原則の関係についての 疑問に答えていただいたもので、おそらくこれが「正解」だろう)

5月17日(金)
 梅原克文氏「ソリトンの悪魔」の推理作家協会賞受賞のニュース。おめでとうござ います。SFでは「日本沈没」以来の快挙である。誌名の縁(執筆時期からソリトン のタイトルは梅原氏の方が早い)でSOLITONをお送りしたら、増刷になったか らと定期購読会員になって下さった。それならとネット外アドバイザー参加をお願い した経過がある。対談の席などでソリトンのPRまでしていただいた。感謝いたしま す。……梅原氏の「SF原理主義」はSFセミナーで物議をかもしたようだが、作家 宣言としては堂々たるもので、ガーンズバック直系のぼくとしては共感を覚えずには いられない。ただ、SFの状況認識については少し異なる。SFの衰退消滅の主因は まがいものをSFブランドで売りまくった反動だと思う。先端は鋭く裾野が広い構造 が理想なのだが、裾野を支えるべき作品があまりにもお粗末で、SFブランドが読書 家の信用を失ってしまった結果なのである。「ソリトンの悪魔」のような力のあるエ ンターテインメントが多くの読者を獲得する下地があることは救いでもある。氏の活 躍を祈ります。

5月20日(月)
 午後、京都出町柳に近い基礎化学研究所へ。福井謙一博士インタビュー。セッティ ングは本間祐氏。少年時代、大高時代、大学時代と聞いていって、一時間の予定を四 十分超過、それでも肝心なことを聞き逃したような気がしてならない。広報誌用であ まり専門的なところまで踏み込めないのだが、フロンティア電子理論の着想を卒論時 点で得られていたのが驚きだった。……福井博士の最近のお話を聞くに、基礎化学研 究所の目指すところは複雑系のサンタフェ研究所に通じるところがあるようだ。十年 前なら「科学と文学の結合」というテーマでのビジティング参加も夢ではなかった気 がするが、年齢と不況でかなえられそうにない。福井先生からは「またいつでもおい でください」というお言葉をいただいたが、社交辞令の雰囲気ではなかった。トライ しようかしらん。……蛇足ながら、福井先生はマッドサイエンティストとは対極にあ る科学者である。

5月23日(木)
 新聞で実兄の取締役就任を知り祝メール。兄はSFに関してはぼくの頭脳の半分く らいを占める存在で、事実上の合作といえる作品がいくつかある。「悪魔のホットラ イン」「宇宙猿の手」「熱の檻」の三作は自分でいうのもおかしいがその成功例であ る。「悪魔のホットライン」はSFマガジンに連名で発表しているが、電波関係の雑 誌ならともかく文芸誌はちとまずいということで、その後ぼくの単独名になってい る。(じつは「瀧晃次」という合作用ペンネームも用意してあり、これで出版しよう として、直前で潰れたエピソードもある。この計画はまだ諦めていないのだが……) この辺りの経過は面白いので書いておきたいのだが、まだまずいかな? 何しろ唐津 一氏が文筆活動が過ぎて始末書を取られたことのある会社だ。しかもこの十年以上、 移動体通信の技術中枢という日本でも指折りの多忙な職場にいるから創作どころでは ないのだ。この度「技監」就任でSFからますます遠のきそうだ。「兄貴、小説を書 こうよ」……こんなセリフがパスカル短編文学新人賞の応募作の中にあったので「俺 のことか」とびっくりする。

5月27日(月)
 横山信義氏から本田技研退職の葉書、今までフルタイムでなかったのかと、そのパ ワーに改めて驚く。ご健筆を祈ります。
 前述の雑誌「SEMBA」突如休刊という。編集長・廣瀬豊氏の個性で持った雑誌 だから、氏の健康を考えると残念ながら限界だろう。中野晴行氏や島崎今日子氏それ に「たこやき研究」などユニークな連載があった。眉村卓氏の連載エッセイが途切れ るのが惜しい。約十年分が「大阪の街角」にまとまっているが、これは連載時期が 「引き潮のとき」に重なる、まさに表裏一体の作品なのである。

5月31日(金)
 谷甲州氏の新田次郎文学賞授賞式とパーティ。冠婚葬祭以外で谷甲州のネクタイ姿 を見るのは珍しい。新田賞は、第一回が沢木耕太郎「一瞬の夏」それに先年、池宮彰 一郎「四十七人の刺客」くらいしか記憶になかったのだが、リストを見ると、宮城谷 昌光や佐藤雅美など錚々たるたる受賞作家が並んでいて、その先見性に感心する。甲 州は「買い」である……と、これは数年前の内藤陳氏のセリフ。さすがである。
 会場で憧れの宮部みゆきさんに会う。憧れの女性といえば宮部みゆきと久田直子し かいない。そういえば宮部作品を引き合いに同人作品を論評したことがあるなあ。ソ リトンをお送りすることにする。……後日、丁寧な礼状をいただいた。同人諸君、宮 部さんも注目されておるのだぞ。最近作「蒲生邸事件」はSF的趣向云々抜きで大傑 作である。ソリトンと接点を持った方々の受賞が続く勢いから大予言すれば、某賞間 違いなしではなかろうか。


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