山之口洋『麦酒アンタッチャブル』(NON・NOVEL)

 
 山之口洋さんは不思議作家だ。
 デビュー作は『オルガニスト』(日本ファンタジーノベル大賞受賞作)は歴史に題材をとったファンタジーだが、『われはフランソワ』で本格的な歴史小説に転じ(この流れはわかる)、続いて『瑠璃の翼』はノモンハン事件を描く。時代小説に挑めば(そういえば時代小説に限定した書評を1年連載しておられた)、一方で「最後のSETISSION」のような本格SFがある。
 一応「歴史」という流れはあるものの、作品ごとに使われる基礎資料はすべて別ジャンルで、その手間のかけ方が尋常ではない。
 この人は次に何をやるのかわからないのである。
 で、その最新作は、なんと「ビール小説」なのである。
 若い警察のキャリア官僚は研修として財務省酒税課に出向させられるが、そこで指導に当たるのは自家ビールの醸造グループ摘発に情熱を燃やす型破りの官僚だった。
 一方、自ビール解禁を企む斯界のボスは逆に罠にはめようと魔の手を伸ばす。
 双方が自分をエリオット・ネスとアル・カポネになぞらえて、知恵をふりしぼっての闘いが始まる……と、これは現代版「アンタッチャブル」を意図した「痛快娯楽作品」なのだが……。
 あえて「娯楽作品」と強調するのは、映画『アンタッチャブル』がベースにおかれていて、「トミーズの雅みたいな」主人公が(キャリアとして抜群に有能にもかかわらず)ネスおたくで、非合法スレスレのドタバタを演じるからである。ギャグもレトリックも、従来の山之口作品からは想像できない書きっぷりだ。
 にもかかわらず……やっぱり凄いなと思うのは、酒税法やビールの自家醸造の方法、さらには官僚の世界の諸々の制度やしきたりについて、例によって徹底的に調べてあり、それが両者の対決を、盲点をつく決着に導く。
 これは重厚な社会ドラマとしても書ける題材であり、それを成立させる取材もなされていると思える。それをあえて『アンタッチャブル』ドタバタ版にしてみせたところに作者の力量を感じるのである。
 (2008.9.8)


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