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  疎開小説を読む(その3)

柏原兵三『長い道』(中公文庫)

 これは一度読んでいる。
 1960年代後半といえば、まだ小説の力は大きく、芥川賞作品となれば一応教養として読んでおくような雰囲気がまだ大学生に少しは残っていた(といっても、機械科となるとクラスにひとりかふたり)時代である。
 で、芥川賞作品『徳山道助の帰郷』を読んで「なんと古めかしい小説を書く作家がいるものだ」と二十歳そこそこの若造の分際で妙に感心した記憶がある。典型的な教養小説(最近は「成長小説」という方が一般的なのかな。要するにBildungsroman)だったのである。
 熱心な読者ではなかったから、その後読んだのが『長い道』だけ。
 印象としては、少年の田舎での「一夏の成長」を描く自伝的作品で……じつは「夏休みの体験」を描いた青春小説と記憶していたのである。
 「学童疎開文献100選」の中に『長い道』があって、ちょっと慌てた。
 そこで再読。
 作者は昭和19年9月(2学期)から翌年の終戦まで、東京から富山県下新川郡入善町の叔父の家に「縁故疎開」して、地元の上原小学校に転入する。この時の体験をもとにした自伝的作品。
 秀才であり、クラスにとけ込めず、いじめ(仲間はずれ)を受けつつも、やがては副級長となり、優等生との「友情」も生じる。
 背景に戦争があるが、その色は薄い。
 「ひと夏の成長小説」という印象で記憶していたのはそのせいであろう。
 その後、マンガ化され映画化されたのは知らなかった。
 基本は青春小説。戦後、家庭構造が代わり、サラリーマンの転勤が増え、父親の転勤にともなって田舎の小学校に転校するパターンが増えた。その「転校」の印象と大きく変わらない。それゆえに作品として古びていないともいえる。
 
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