芦辺拓『月蝕姫のキス』(理論社)『彼女らは雪の迷宮に』(祥伝社)

 芦辺拓さん、絶好調である。
 大作『紅楼夢の殺人』や話題作『裁判員法廷』など、テーマも雰囲気も多彩だが、最近の2作も従来にないミステリー世界だ。
 
 『月蝕姫のキス』……高校生が帰路に殺人事件に遭遇するが、被害者を目撃した時間に矛盾を感じる。
 このトリック自体は「軽い」もの……というか、時間トリックを自分で解いていく、少年探偵の成長過程がテーマとなっている。そしてこの少年探偵と対決するのが「美少女」……これは作者があとがきで有名な乱歩作品を引き合いに出しているが、おれはむしろ懐かしき「少年探偵団」を思い出した。これは思春期を迎えた小林少年の世界なのである。
 おれは昔読んだ「譚海」を思い出した。昭和30年頃にまだ出ていた分厚い「別冊」で、作品名はもう覚えていないのだが、この中の短編。光る苔に覆われた洞窟に最後に姿を現す犯人(美少女…挿絵あり)にたまらない思慕を抱いたものであった。
 少年期の甘酸っぱい記憶を蘇らせてくれる、ちょっと「耽美的・官能的」なミステリーである。
 『彼女らは雪の迷宮に』……こちらは一変して「大仕掛け」ミステリー。雪の山荘に招待を受けた女性6人(7人?)、ケーブルカーしかない吹雪の山荘に閉じこめられた彼女らは、やがてひとりふたりと「姿を消して」いく……。
 芦辺さんが山荘孤立型をまだ書いていなかったとは、意外といえば意外。そういえば「新本格」とはちょっと距離があったのかな。
 この作品については「書評」が難しいぞ。タイトルからして伏線になっているし、ちょっと内容に触れるだけでもネタバラシになりそうだし。
 本書の特徴は、トリック以外にふたつ。ひとつは弁護士・森江が東京に引っ越して最初の事件であることだ。これからは東京が中心になるのかな。もうひとつは、主要登場人物のほとんどが女性である点。それぞれの性格や職業がきちんと書き分けられていて、とくにピアニストの描写はうまいなあ。
 芦辺さんの作風の広がりを感じさせる2冊である。

(2008.11.11)


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