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  嵐山光三郎『昭和出版任侠伝』(筑摩書房)

 
平凡社退職〜青人社設立〜「DOLIVE」創刊などの80年代を描く。『口笛の歌が聴こえる』を連載する頃までだから、「口笛」と対をなす「自伝的小説」になるのかな。面白い。面白いのだけど、「口笛」ほどの興奮はない。なぜか。
 「口笛」には作者が初めて出会う異才、丸谷才一からはじまって三島由紀夫や深沢七郎そして永山則夫にいたるまで、ファースト・コンタクトの衝撃があって、それが共有できたのである。まさに「センス・オブ・ワンター」が感じられたのであった。
 「任侠」は、新しい出版社を興す武勇伝で、それぞれのエピソードは面白いが、周辺の「友人知人関係」がある程度知っている人たちだけに大きな驚きがない。
 むしろ80年代前半は、おれはここに描かれている「文化」にほとんど興味を失った時期でもある。「昭和軽薄体」と聞いて、そういえばそんなレッテルがあったなあと思い出す程度。肝心の雑誌「DOLIVE」についてはタイトルさえ知らず、だから手に取ったこともないはずだ。
 小説としての出来映えとは別。描かれた世界が関心からは遠く離れてしまった、おれの事情によるものである。
 嵐山氏には平凡社の「太陽」時代を書いてほしいなあ。
 特に杉浦茂再評価の機運を作ったのは「太陽」であったと信じているからである。
(2006.11.19)


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