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  眉村卓『いいかげんワールド』(出版芸術社)

 眉村さんの「70代最初の長編」。なんともふしぎなファンタジーである。
 
 主人公・福井一男は大学の客員教授をつとめる老作家。妻を亡くし、ひとりぐらし。明らかに作者がモデルである。
 ある日、教え子だった若葉快児という男が、あちら側(自分の作品世界)へ行くために98万円用立てて欲しいと依頼してくる。迷った揚げ句、福井はその申し出に応じる。なんと2万円上乗せして100万を振り込むのである。
 その結果……福井は若葉に巻き込まれるかたちで彼の作品世界「カイジ・ワールド」に入り込んでしまうのだが……。
 これだけでもかなり「いいかげん」である。
 若葉快児という名前もヘンだし、98万円の根拠がいまひとつわからない。  さらに、紛れ込む異世界が「眉村卓ワールド」でなく、作家志望の若いフリーターが作った世界なのである。
 想像だが、作者は「ええかげんワールド」というタイトルを考えていたのではなかろうか。大阪弁の「ええかげん」のニュアンスは全国的にはわかりにくいかもしれないが、この設定も行動も、まさに「ええかげん」なのである。
 光る怪人が現れる、魔力をもつ猫が加わる、古典的な金属ロボットが登場する、さらに老教授は不思議なチカラを備えはじめる……。
 440頁の大長編、「ええかげん」な冒険がつづくのだが……。
 こう書いても、このええかげんさはうまく伝えるのがむつかしい。
 ひとつは文体である。1778篇のショートショートを書き続けることで到達した境地か、透明で、読む者に負担をかけず、暗さがなく、どこかユーモラス(というか、とぼけた感じがする)で、深刻さがない。
 岡本喜八『肉弾』の惹句が「これは素顔の独立愚連隊であり素面の江分利満氏である」であった。
 これにならえば、「いいかげんワールド」は「使命感のない(肩の荷を降ろした)司政官であり、退役した(戦闘意欲の希薄な)カルタゴの戦士である」ということになるだろうか。
 そして、確かにロボット軍団やローマ戦士も出てくるのだが、過去の作品世界(眉村作品)に執着しているわけでもない。戦闘が迫っているのに、ノートを広げてエッセイを書いたりする。
 そして「第0章」で終わる……。
 これはメタ・フィクション的な趣向ともとれるし、(作中で何度も触れてあるが)「発狂した宇宙」へのオマージュとも読める。
 解釈は読者にゆだねられるが、大長編でありながら、作者の心境を詠んだ俳句に接したような、ともかく不思議な読後感を残す作品である。
(2006.7.29)


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